交渉確定のインタビューで涙ぐんだ理由

 ドラフト当日は、花巻東高校のスクールカラーである紫のネクタイを締めていった。

 まもなく入場という段になって、12球団の出席者は、全員、いったん控え室に入る。そこでみんながあいさつを交わしながら、あちらこちらでお互いの1巡目指名選手を探り合っている雰囲気が伝わってくる。

 周囲の様子をうかがう限りでは、もしかすると単独でいけるかも
しれない。緊張感が高まる。

写真:共同通信社

 指名順がラストのファイターズは、会場への入場も最後だった。着席し、パソコンを開き、いざ始まるとなったところで、大渕隆SD(スカウトディレクター)が最後の確認をする。

「1位大谷でいきます。いいですね」

「お願いします」

 大渕SDは、早速、大谷翔平の名前をパソコンに入力すると、なにやらカバンの中から取り出した。ビニールのプチプチに包まれた小さなビンだった。

「大渕、何それ?」

「これ、花巻東のマウンドの土です」

 そう言って、テーブルの真ん中にポンと置いた。

 そんな願掛けみたいなことをやりそうなタイプには見えなかったので、少し意外だったが、彼がどれほどの情熱を持って大谷獲得に心血を注いできたか、それは十分に伝わってきた。

 彼らスカウト陣は、年に一度のドラフト会議で最高の選手を獲得するために、365日を費やしている。

 このチームには絶対に大谷が必要なんだというみんなの思いが、テーブルの中央に置かれた小さなビンに詰め込まれているのだ。そう思ったら、自然と熱いものが込みあげてきた。

 だから、単独指名で交渉権が確定したとき、もっと素直に安堵と喜びがあふれてくるかと思っていたが、スカウト人生をかけた男たちのためにも、なにがなんでも大谷を獲得しなければならないという使命感が優っていた。

 そこであの記者会見になってしまった。あまりにも暗い、悲愴感が漂う会見だと言われたが、みんなの命懸けの思いを感じていたから、まだ入団が決まったわけでもないのに、あそこで明るく振る舞うことはできなかった。

 もし、これで獲れなかったら、「監督、辞めなくちゃならないかもしれない」、それくらいに思っていたから。

((『監督の財産』収録「3 伝える。」より。執筆は2013年1月/続く)

『監督の財産』栗山英樹・著。9月9日刊