落語は「苦労の割り勘装置」

 人生において、「もはやこれまで」と思うような場面に、多くの人が直面するとはずでしょう。そして人間は誰もが「自分が一番つらい目に遭っている」と思いたがる生き物です。

 だからこそ、そんな時は「きっと俺だけじゃないんだろうな」と思ってみましょう。

 そして、つらそうな立場にいるような人を見つけたら、「心配ないよ、俺も同じ境遇だよ」と、動物園の黒い虎のようにそっとつぶやいてみたらいかがでしょうか。きっと、相手のみならず、あなた自身も気持ちが少しだけ、楽になると思います。

台風10号の影響で多くの交通機関に支障が出た(写真:アフロ)

 私は、まさにこうした「苦労の割り勘装置」こそ、落語の持つ本質的な役割ではないかと思っています。江戸時代、「飢えと寒さ」というなかなか克服できない庶民のストレスを緩和させる機能が、長屋という空間にありました。「困ったときはお互い様」という人間関係です。

 そして、それらをベースに描かれた「落語」にはまさに、「笑い合うこと」で相互の負担を軽減しあえる効能があります。

 自然災害や市場の動揺など、予期せぬ出来事が襲ってきて、「もはやこれまで」と落ち込むこともあるでしょう。でも、そのつらさや不安は、一人で背負い込まなくてもいいんです。あなたの目の前にいる人も、動物の毛皮よろしくスーツという戦闘服を脱ぎ棄てればきっと、あなたと同じ一人の弱い人間なのですから。

立川談慶(たてかわ・だんけい) 落語家。立川流真打ち。
1965年、長野県上田市生まれ。慶應義塾大学経済学部でマルクス経済学を専攻。卒業後、株式会社ワコールで3年間の勤務を経て、1991年に立川談志18番目の弟子として入門。前座名は「立川ワコール」。二つ目昇進を機に2000年、「立川談慶」を命名。2005年、真打ちに昇進。慶應義塾大学卒で初めての真打ちとなる。著書に『教養としての落語』(サンマーク出版)、『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』(日本実業出版社)、『いつも同じお題なのに、なぜ落語家の話は面白いのか』(大和書房)、『大事なことはすべて立川談志に教わった』(ベストセラーズ)、『「めんどうくさい人」の接し方、かわし方』(PHP文庫)、小説家デビュー作となった『花は咲けども噺せども 神様がくれた高座』(PHP文芸文庫)、『落語で資本論 世知辛い資本主義社会のいなし方』など多数の“本書く派”落語家にして、ベンチプレスで100㎏を挙上する怪力。