デマが大拡散した3つの理由

 1つはかつてないほどのSNSの発展があり、SNSのインプレッションは在外華人ウォッチャーたちの重要な収入の1つであるということがある。だが、もう少し深くみれば、習近平の健康不安、習近平失脚、習近平の路線転換の話題をアップすれば多くのインプレッションを稼げるということは、多くの国内外の中国人、中国に関わる人たちがこうした状況になってほしい、起きてほしいと思っている、ということだ。

 もう1つは、在外華人たちによる暗黙の共闘での「認知戦」が仕掛けられているのではないだろうか。言霊ではないが、言い続けていればそれが現実になる、という思いがある。

 嘘でもデマでも、それを人々が口にし、噂しあうことは人々の認知に作用する。中国が国内の人民や、日本や米国、台湾などの世論に影響を与えるべく情報戦、認知戦を仕掛けていることは有名だが、共産党から国を追われた在外華人民主活動家や法輪功学習者らは、逆にSNSや動画配信サイトを通じて中国の官僚や人民、社会に対する認知戦を仕掛けている、と考えられないだろうか。

 3つ目は、習近平自身への心理攻撃という見方がある。習近平自身が、自らの健康や、権力維持能力、部下たちの忠誠心や人民の支持などに、極度な不安を感じているのは間違いない。こうした不安を一層煽る目的で、アンチ共産党の在外華人やチャイナウォッチャーたちがデマとわかっていても噂をまことしやかに拡散しているのかもしれない。

 習近平は心配で夜も眠れず食事ものどを通らなくなり、最終的には個人独裁や社会主義回帰路線を修正したり、あるいは自ら引退を決意したりするようになればよい、という願いをこめて。

 もっとも、認知戦のつもりでデマやゴシップを真実らしく拡散しすぎるのは考えものだ。拡散している側の認知もゆがむからだ。そうなれば習近平政権の状況を見誤ることになり、それが1つのリスクとなる。噂はほどほどに。裏をとり続けるジャーナリズムの意義は失われてはならない。

福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト
大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。