パイプラインと欧州諸国の反応

 今回の越境攻撃では、ウクライナは、ロシアからウクライナを経由してヨーロッパに向かう天然ガスパイプラインの中継地点であるスジャも占領した。そのため、天然ガスの先物価格が少し上昇したが、このパイプラインで欧州に供給されるのは需要全体の4.5%にすぎず、あまり心配する必要はなさそうである。供給先はハンガリー、スロバキア、オーストリアなどであるが、これらの国は他の供給先もあり、需給がタイトになることはない。

 このウクライナ経由のロシア産ガス輸送契約は、今年の12月31日に期限切れとなるが、ウクライナは契約の延長に応じない可能性が高い。クレムリンは、その場合、欧州でのガス価格が高騰すると警告している。代替ルートとして、トルコ、ブルガリア、セルビア、ハンガリーを通過するルートもあり、価格の極端な高騰はなかろう。

 2022年9月に、ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム(NS)」と「ノルド・ストリーム2(NS2)」が、バルト海の海底で爆破されたが、ドイツなどの捜査によれば、実行したのはウクライナだったようである。米紙ウォールストリート・ジャーナルも同じ見解である。

 ドイツとしては、ウクライナを経由しないで、NS、NS2によって安価なロシア産ガスを輸入する計画であった。ロシアもまた、ガス料金の安定的収入で益するところが多い。そのように相互依存関係を深めることこそ戦争の回避につながるという発想であった。

 しかし、ロシアの脅威を深刻に感じてきたウクライナやポーランドは、NSやNS2に反対であった。

 安価なロシア産ガスを失ったドイツは、経済に大きな悪影響を受けている。パイプライン破壊の実行犯がウクライナだったことが明白になれば、ドイツや他の欧州諸国のウクライナ支援への熱意も冷めてくる。

 石油パイプラインでも、ウクライナは攻勢をかけている。ロシア原油は、ロシア南西部からベラルーシに伸びるパイプライン「ドルージュバ」によってEU諸国に供給されている。ドルージュバは、ベラルーシで枝分かれし、北ルートはポーランド、ドイツへ、南ルートはウクライナを経由してハンガリー、スロバキア、チェコへ原油を供給している。

 ウクライナは、ロシアの石油大手ルクオイルを制裁対象にして、南ルートの供給を停止した。それによって、ロシアに経済的打撃を与えると共に、ウクライナ支援に消極的なハンガリーやスロバキアを牽制することを狙っている。

 ハンガリーは7月にEUの議長国となったが、オルバン首相はロシア寄りの姿勢を変えていない。また、スロバキアでは、昨年9月30日の総選挙でウクライナへの武器支援に反対する政党が勝って、政権に就いた。今回の石油パイプラインの供給停止で、この両国はウクライナへの反発をますます強めることになろう。

 パイプラインもまた、政治の動向に大きく左右されるのである。ウクライナ戦争は、経済的利害も含めて、周辺国の思惑が交錯しており、皆が妥協できる形での停戦を実現するのは容易ではない。

 大きなきっかけは、11月のアメリカ大統領選挙である。アメリカの支援が止まればウクライナは戦いを継続できない。不利な条件での停戦も受け入れざるをえないであろう。その条件を少しでも有利なものとするために、今回の越境攻撃を敢行したのであろうが、その狙いは実現しそうもない。

【舛添要一】国際政治学者。株式会社舛添政治経済研究所所長。参議院議員、厚生労働大臣、東京都知事などを歴任。『母に襁褓をあてるときーー介護 闘いの日々』(中公文庫)『憲法改正のオモテとウラ』(講談社現代新書)『舛添メモ 厚労官僚との闘い752日』(小学館)『都知事失格』(小学館)『ヒトラーの正体』『ムッソリーニの正体』『スターリンの正体』(ともに小学館新書)『プーチンの復讐と第三次世界大戦序曲』(インターナショナル新書)『スマホ時代の6か国語学習法!』(たちばな出版)など著書多数。YouTubeチャンネル『舛添要一、世界と日本を語る』でも最新の時事問題について鋭く解説している。