筆者にとってこの映画で一番の名シーンは、チョン・ドゥグァンがトイレで用を足す場面だ。クーデターに成功し、高笑いするチョン・ドゥグァン。こんな人間が一国を支配し、民主主義を毀損していくのはあまりに悲劇的で、さらに喜劇的でもある。

 もちろん脚色は多いのだが、あくまで本筋は現実の歴史に基づいている。そのことが映画に独特の緊張感を与えている。

全斗煥と盧泰愚はそもそも何をやった人なのか

『ソウルの春』は韓国映画として歴代6位の観客動員数を記録し、観客は20~30代が50%を超えたという。この映画が描く1979年には生まれていない世代が多く見に行ったことになる。筆者が韓国で見に行った際も、映画館には若い観客が多かった。

 韓国では朴槿恵大統領が弾劾された2017年に、1980年の光州事件を描いた『タクシー運転手 約束は海を越えて』、1987年の民主化運動を描いた『1987、ある闘いの真実』という2つの映画がヒットした。2016年から2017年にかけて、朴槿恵弾劾に向けた市民運動は「ろうそく革命」とも呼ばれ、多くの人々が路上でろうそくを持ってデモを行っていた。その流れの中で、若い世代の間で民主化運動が改めて思い起こされ、『タクシー運転手』と『1987』のヒットに繋がったのだ。

 ただ、この2作が描いていないことがあった。「なぜ、そもそも軍事独裁政権が韓国を支配していたのか」というテーマだ。民主化運動の時代を知らない筆者も疑問を持った。どうしてそんなひどい政治体制だったのだろうと。その疑問に答えを出してくれる映画が、今回の『ソウルの春』である。2017年に『タクシー運転手』と『1987』を見た若者たちの多くが、今回も映画館に押し寄せたのだと思う。

 ちなみに、全斗煥が90歳で亡くなったのは2021年11月である。さらに盧泰愚の死からわずか1カ月の出来事だった。当時、韓国では大きく報道された。なにせ、軍事独裁時代の二大巨頭が相次いで亡くなったのだ。

 だが、そもそもこの2人は何をやった人なのか、筆者を含めた20~30代の若者にはピンときていなかったと思う。「全斗煥と盧泰愚はそもそも何をやった人なのか」──。若者が持つ素朴な疑問にこたえてくれる映画が『ソウルの春』だったのだ。

『ソウルの春』
監督:キム・ソンス
脚本:ホン・ウォンチャン、イ・ヨンジュン、キム・ソンス
出演:ファン・ジョンミン、チョン・ウソン、イ・ソンミン、パク・ヘジュン、キム・ソンギュン、チョン・マンシク、チョン・ヘイン、イ・ジュニョク
2023年/韓国/韓国語/142分/シネマスコープ/5.1ch/字幕翻訳:福留友子/字幕監修:秋月望
原題:서울의 봄(英題:12.12:THE DAY)/G/配給:クロックワークス
公式HP:https://klockworx-asia.com/seoul/ 映画公式X:@19791212theday
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8月23日より新宿バルト9ほか全国公開