AIによる生産性向上から取り残される企業

 たとえば、チーム内に少数のAI担当者を置き、彼らにAIを活用させる方が、チーム全体のパフォーマンス向上につながる可能性がある。チームメンバーのAIスキルや専門性などを考慮して、あえて生成AI利用を担当者に集中させるのである。

 他のメンバーは自身の専門性や、人間ならではの創造性を発揮したり、他のメンバーとディスカッションして成果物をブラッシュアップしたりといった作業に集中すれば良い。そうした作業がこなせるチームメンバーにとっては、生成AIに関する専門知識を必要以上に追求させることは、むしろ時間の無駄になってしまう恐れがあるためだ。

 逆に、生成AIに適性のあるメンバーにAIとのやり取りを任せることで、そのメンバーがAI活用に関する専門性を高められる可能性もある。思惑通りにいけば、AIからより質の高い情報や洞察を、短時間で引き出せるようになるだろう。

 この結論は、既に生成AIの大規模な社内導入を進めている企業、たとえば「社内版ChatGPT」のようなものを構築した企業にとっても興味深いものと言える。

 もちろんそうしたアプリケーションの導入にまったく効果がないという意味ではなく、単に「社内版ChatGPTを利用するユーザーが増えれば良い」というものではないことは今回の実験が明確に否定している。そこから一歩踏み込んで、社員がチームとして生成AIを活用できるようになるよう、支援していく必要がある。

 また社内版ChatGPTを導入するわけでもなく、BYOAIも認めない企業にとっては、この結果はさらに憂慮すべきものだ。

 そうした企業は、生成AI時代の生産性向上から取り残されてしまうかもしれない。「放っておいても社員が勝手に(自前でAIを用意して)努力してくれる」では生成AIの力を100%引き出すことができない以上、生成AI活用に向けた議論を公に進められない企業は、それができる企業からどんどん後れを取ることになるためである。

 全社員向けの生成AI導入で満足している企業も、逆に一切の生成AI活用を認めないという企業も、生成AIの本当の実力を引き出す努力を怠っているという点では一緒だ。生成AI時代にビジネスを発展させられるのは、このまったく新しいツールを組織内にどう組み込んでいくのか、真剣に検討できる企業になるだろう。

企業内での生成AI活用は、個人単位からチームで行う時代に(筆者がChatGPTを使用して生成)企業内での生成AI活用は、個人単位からチームで行う時代に(筆者がChatGPTを使用して生成)

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(ほか多数)

【小林 啓倫】
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
Twitter: @akihito
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