西側には勝利や敗北についての共通認識がない

「戦略策定を妨げる大きな問題となっているのは、西側に『勝利』や『敗北』が実際に何を意味するのかについて共通認識がないことだ。ロシア軍の現有戦力は数多く能力も決して低くはないが、拙劣な侵攻以来、大幅に戦力が低下している」(ガレオッティ上級研究員)

 ウクライナが領土と主権をすべて取り戻したいと望むのは当然だ。しかし西側諸国の立場はウクライナと同じではない。「多くの政府はいかなる解決もキーウの譲歩を伴う可能性が高いことを理解している」というガレオッティ上級研究員はこんな声を耳にした。

「いつかロシア人とウクライナ人の双方が交渉を始めなければならない。つまり双方が譲歩しなければならないということだ。私たちの仕事はウクライナ人ができるだけ少ない譲歩で済むようにすることだ」(米政府高官)

 プーチンはウクライナ国民と西側諸国の忍耐力が尽きるまでウクライナを苦しめ続けることができると信じている。一方、ゼレンスキー大統領の和平案もロシアに白旗を上げろと言っているも同然だとガレオッティ上級研究員は指摘する。

空虚なスローガンに頼るのは長期的には危険

 米コンサルティング会社ユーラシアグループ傘下のグローバル・アフェアーズ研究所の世論調査では、戦争終結に向けた交渉に賛成と答えた米国人は94%、欧州市民は88%にのぼった。戦争が泥沼化すればウクライナ支援に対する世論は厳しくなり、米欧ではさらに右傾化が進む。

「言葉と現実のギャップは危険だ。非現実的な期待を生み出し、それが満たされない場合に反発を招いたり、政策と世論のギャップをさらに広げたりする恐れがある。ウクライナを巡る争いは今後何年も続く可能性があり、空虚なスローガンに頼るのは長期的には危険だ」という。

【木村正人(きむら まさと)】
在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。