2014年にシュレーダー氏は、サンクトペテルブルクで、70歳の誕生日を祝った。この時、プーチン大統領はモスクワからわざわざ飛行機でサンクトペテルブルクに駆け付け、本社前でシュレーダー氏を固く抱擁した。その写真は、2人の関係の深さを強く印象付けた。

 ちなみにシュレーダー氏は首相経験者として、ドイツ政府からの恩給(年間7万7000ユーロ=1232万円)のほか、連邦議会の中にオフィスと事務職員、ボディーガードも与えられていた。彼が2017年にオフィスと職員のために国から受け取った経費は、56万ユーロ(8960万円)に達した。当時野党だった緑の党からは、「ロシアから多額の報酬をもらっている元首相に、ドイツ政府がオフィスの経費を国民の税金から払う必要があるのか」という批判も出た。

 私がこの元首相の堕落を特に強く感じたのは、彼がロシアを弁護する発言をしばしば行ったからだ。シュレーダー元首相は、ロシアのクリミア半島併合など国際法に違反する行為について、プーチン大統領を擁護した。まるで、ロシア政府のスポークスマンのような態度だった。

 彼はロシア軍がウクライナ侵攻後に一時占領したブチャで、約400人の市民が虐殺された事件についても、「プーチン大統領が命じたものではない」と語っている。

ウクライナ侵攻後もプーチンに面会

 彼はロシア・ウクライナ戦争勃発後も、プーチン大統領と面会できる、西側では数少ない人物の一人だ。2022年3月には、スイスの実業家から「ウクライナ政府のために、停戦条件についてプーチン大統領の見解を聞いてほしい」という依頼を受けた。

 シュレーダー氏が携帯電話でベルリンのロシア大使館に「プーチン大統領に会いたいので、アポイントメントを取ってほしい」と要請したところ、大使館から「明日ならば面談できる」という返事が来た。EU(欧州連合)の経済制裁措置のために、ドイツからロシアに飛行機で直接行くことは不可能なので、シュレーダー氏はトルコ経由でモスクワへ飛び、実際にプーチン大統領と面談した。だが停戦工作は全く実を結ばなかった。彼はNDRの番組の中でもプーチン氏との会談内容については語らなかった。

 シュレーダー氏がプーチン大統領との間で、個人的に親しい関係を築いていたことは事実だが、ウクライナ侵略という欧州の安全保障の行方を左右する大事件については、影響力を行使することはできなかった。このことから、「自分たちは親友だ」と考えていたのはシュレーダー氏だけで、現在のプーチン大統領はシュレーダー氏を「ドイツの政界で影響力を失った、利用価値のない人物」と見ていることが窺える。

 NDRとのインタビューの中で、シュレーダー氏が一度だけ気色ばんだことがある。彼はシュトラトマン記者から、ロシアを擁護することの道義性について問われて、「道義性? きみ何を言っているんだ。私は戦争をやめさせる道があるかどうかについて、交渉するためにモスクワでプーチン大統領と会ったのだ。そういう交渉は、道義性について語る場ではない」と反発したのだ。

 ドイツでは「シュトラトマン記者は、突っ込み方が足りない」という批判が出ている。たとえばシュトラトマン記者は、「あなたは首相だった時、同盟国・米国のイラク侵攻を批判し、戦争への協力を拒否しました。それなのに、なぜあなたは今世界の多くの国から戦争犯罪人と見られている人物に仕えているのですか?」というような質問をしていない。取材対象者に対する遠慮が感じられた。

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