一部の政治家は、プーチン大統領について「ロシアに新風を吹き込む改革者」という楽観的なイメージを抱いた。特にシュレーダー氏は、「プーチン大統領は、虫眼鏡で見ても傷一つない、正真正銘の民主主義者だ」と太鼓判を押した。当時のニュース映像を見ると、シュレーダー氏はプーチン大統領と一緒にいる時には満面の笑みを絶やさず、「べた惚れ」という印象を与える。
シュレーダー氏は、プーチン氏と親しくなった理由の一つとして、「プーチン大統領がドイツ語に堪能なので、通訳抜きで腹を割って話せること」を挙げた。
ドイツの元首相がロシア企業に天下り
やがてシュレーダー氏は、プーチン大統領に金銭面でも完全に取り込まれる。彼は2005年の連邦議会選挙で敗北して首相の座から降り、議員も辞職した。その後プーチン大統領から直々に電話で要請されて、NS1の運営企業の監査役会長に天下りした。この企業はガスプロムがスイスの租税回避地ツークに持っていた子会社である。元首相が、現役時代に始めたプロジェクトを運営する会社の重役になった。天下りはドイツの法律に違反する行為ではなかったものの、これが腐敗でなかったら、何が腐敗だろうか。
NS1は、2011年にドイツに天然ガスを送り始めた。21世紀の初めに、ウクライナが自国を通過するガスパイプラインの使用料をめぐってロシアと対立し、ウクライナを通って東欧や西欧に送られるロシアのガスを、一時的に止めたことがあった。
これに懲りたロシアは、ウクライナやポーランドなど、ロシアに対して批判的な国の領土を通さずに、バルト海を通じてドイツに直接ガスを送るパイプラインを建設した。こうすれば、ポーランドやウクライナによって西欧とのガス貿易を邪魔される危険が減る。ドイツはロシアの割安なエネルギーを輸入して、付加価値の高い製品を輸出するというビジネスモデルにより、国富と雇用を増やしてきた。
ロシア企業から年1億円を超える報酬
シュレーダー元首相は、ロシア政府のロビイスト、プーチン大統領の子飼いの部下になった。NS1に並行するパイプラインNS2を建設し、ドイツへのガス供給量を倍増させようとして、メルケル政権(2005~2021年)に働きかけた。
同じSPDに属しシュレーダー氏の派閥に属したフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー氏(現大統領)も、親ロシア派だった。彼はシュレーダー政権で連邦首相府長官を務めた。さらに、SPDとCDU・CSU(キリスト教民主・社会同盟)による大連立政権(第1次および第3次メルケル政権)では、外務大臣を務め、ロシアからのエネルギー輸入量の増加に尽力した。
ちなみに2017年から約1年間外務大臣を務めたジグマー・ガブリエル氏や、2021年にドイツの首相に就任したオラフ・ショルツ氏も、SPDのシュレーダー派に属した。つまり21世紀に入ってからSPDの指導層は、シュレーダー氏の息のかかった、親ロシア派の政治家たちによって占められていた。プーチン大統領の思う壺である。
シュレーダー氏は、ロシアの金によって雁字搦めにされた。彼はNS1とNS2の運営会社だけではなく、ロシアの石油会社ロスネフチの監査役会長も務めた。このため彼の年収は、一時総額100万ドル(1億6000万円・1ユーロ=160円換算)に達したと推定されている。ガスプロムは2022年にシュレーダー氏を自社の監査役会長に推薦しようとしていた。しかしウクライナ戦争のために、ガスプロムの監査役会長への就任は実現しなかった。
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