この他にも、各地の選挙で落選した候補者が訴えていた「子育て世代への給付金」が当選した候補者によって実施された例はいくつもある。選挙で堂々と政策を訴える人がいるからこそ、社会は課題を認識し、その解決に向けた方向に変わっていく。

 そして、もう一つ伝えたいことがある。それは「自分が立候補しない限り、選挙は『よりマシな地獄の選択である』」ということだ。

 日本で選挙に立候補するためには、高額な供託金を納める必要がある。衆議院の小選挙区、参議院の選挙区、都道府県知事では300万円。国政選挙の比例候補になるためには600万円を納めなければならない。政令指定都市の首長選挙では240万円。市区長選挙では100万円。こんなに供託金が高い国は世界でも珍しい。だから候補者が少ない。

 世界を見ると、アメリカ、ドイツ、イタリアのように供託金制度がない国もある。フランスでは2万円程度(下院)の供託金が必要だったが、1995年に廃止された。

 諸外国では、選挙に立候補することは当然の権利だという意識がある。かつて筆者が取材した2003年のカリフォルニア州知事選挙には、なんと135人も立候補した。多くの候補者がいれば、その中に「応援したい」と思える候補が出てくる可能性は高くなる。

 私はかつて、日本の国政選挙でどれくらいの人が被選挙権を行使しているのかを計算してみたことがある。衆議院議員選挙では7万5000人に1人。参議院議員選挙では25万人に1人ぐらいの割合だった。この中から「投票したい」と思える人に出会える確率は低くて当然だ。だから私は「よりマシな地獄の選択」だと言い続けている。

 もし、あなたが「投票したい人がいない」と言って投票をあきらめてしまったらどうなるだろうか。社会がよりよい方向に向かう可能性はどんどん低くなる。自分の希望する社会は永遠にやってこないだろう。

 そうであるならば、有権者がするべきことは決まっている。すべての候補者に興味を持ち、比較検討したうえで選挙に行くことだ。

 最初は大変に思えるかもしれない。しかし、「すべての候補者を直接見てみよう」と考えるだけで、あなたと政治との距離はぐっと近くなる。この距離感は、この先の人生を生きるうえで決して邪魔にはならない。むしろあなたを賢明な有権者に近づける。

 私はこれからも選挙の現場に出かけるつもりだ。いつかあなたと選挙の現場でお会いできる日を楽しみにしている。

畠山理仁
(はたけやまみちよし)ノンフィクションライター。1973年愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部在学中より取材・執筆活動を開始。日本のみならず、アメリカ、ロシア、台湾など世界中の選挙の現場を20年以上取材している。著書に『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社、第15回開高健ノンフィクション賞受賞)、『領土問題、私はこう考える!』『コロナ時代の選挙漫遊記』(ともに集英社)、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社)などがある。畠山氏に密着取材したドキュメンタリー映画「NO 選挙,NO LIFE」が2023年に全国で上映された。公式ツイッター@hatakezo

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