ショルツ政権は、違憲判決後も、化学メーカーや製鉄所の生産プロセスで使われる化石燃料を水素に切り替えるための補助金や、外国の半導体メーカーの工場をドイツに誘致するための補助金を温存することを目指している。そのしわ寄せが、農民たちの可処分所得の減少という形で現れることになった。

 農民たちが「政府は我々のことを軽視しているのではないか」と怒りを爆発させるのも、無理はない。農民たちからは、「ベルリンの政治家や官僚たちは、現実世界から切り離された『バブル』の中で、畑で汗水垂らして働いたことのないコンサルタントやアドバイザーの意見だけを聞いて、政策を決めている」という強い不満の声が聞かれた。

政策を一部撤回し、政権の弱腰を露呈

 農民たちの抗議デモに恐れをなしたショルツ政権は、1月4日に農業用トラクターへの車両税導入を撤回した。同時に政府は、農業用ディーゼル燃料への税制上の優遇措置を一度に撤廃するのではなく、2026年までに三段階に分けて撤廃すると発表した。ただしDBVはこの措置に満足していない。DBVは、農業用ディーゼル燃料への税制上の優遇措置の廃止も撤回させることを求めて、1月8日から5日間にわたって全国各地で抗議デモを繰り広げた。

本コラムは新潮社の会員制国際情報サイト「新潮社フォーサイト」の提供記事です。フォーサイトの会員登録はこちら

 この一部始終から見て取れるのは、ショルツ政権が政策を実施した際の反動を十分に考えずに発表し、市民らから批判されると政策を修正または撤回するという「行動パターン」だ。

 このパターンは、去年繰り広げられた暖房の脱炭素化をめぐる議論でもはっきり表れた。2023年にハーベック経済気候保護大臣は、建物からの二酸化炭素(CO2)の排出量を減らすために、「2024年1月1日以降、エネルギー源の65%が再生可能エネルギーではない暖房器具の新設を禁止する」という法律を制定しようとした。だが、市民やメディアが激しく反対したため、ハーベック大臣は法律の内容を大幅に緩和し、暖房の脱炭素化を4年間延期した。

 またハーベック大臣は2022年に、ロシアのウクライナ侵攻後に天然ガスの仕入れ価格が急騰し、経営破綻の瀬戸際に追い込まれたエネルギー企業を救済するために、全ての消費者から天然ガス賦課金を徴収すると発表した。しかし天然ガスを多く消費する産業界などが「エネルギー費用が倍増する」と強く反対したために、実施の直前にこの計画を撤回した。

 これらの事例には、ショルツ政権が、政策が及ぼす影響や、経済界、市民からの反発について事前に熟考せずに一方的に政策を打ち出すというパターンが示されている。しかも一度発表した政策をすぐに撤回することは、市民の政府に対する不信感を一段と強める。私は1990年からドイツに住んで定点観測を続けているが、これほど激しく右往左往する政権を見たことは、一度もない。

極右が農民デモを悪用する危険

 今回の農民デモは、ドイツで行われた農民の抗議行動の中でも最も規模が大きいものの一つであり、農民デモが頻発する西隣のフランスの影響を感じる。もう一つ、今回のデモが過去の抗議行動と違う点は、右翼勢力の関与である。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
「ハマスを望まない」市民の本音と“戦後”ガザ統治のキーパーソンたち
イスラエル・ハマス戦争はトルコ外交の新たな岐路となったのか
米中の月面開発競争 浮かび上がる民間企業の課題