1月4日に、ハーベック経済気候保護大臣が北海のホーゲ島でクリスマス休暇を過ごした後、フェリーに乗って、本土に向かい、シュレスビヒ・ホルシュタイン州のシュリュットズィール港で船から降りようとしたところ、港で待ち構えていた約250人の農民たちに下船を阻まれた。一部の農民たちは、フェリーに突入しようとしたが、護衛の警察官たちがスクラムを組んで阻止した。だがこの抗議行動のために大臣は、フェリーでホーゲ島に戻らざるを得なかった。

 農民たちは、「政治家たちの失策のつけを私たちに払わせようというのか? 三党連立政権は退陣せよ」と書かれた横断幕を掲げていた。ドイツでは政府に対して抗議する権利は認められているが、大臣のプライベートな時間の行動を、市民が実力で制限しようとするのは違法行為だ。政策に対する抗議がこのような「脱線」につながったのは異例である。ハーベック大臣は、「農民たちの代表にフェリーに乗るように呼びかけ、対話しようと申し出たが、彼らは聞く耳を持たなかった」と語っている。

 ドイツでは、大臣のプライベートな行動予定は、通常公表されない。したがって、250人の農民たちがこの日ハーベック大臣の旅行スケジュールを知ったのは、不思議である。この点についてドイツの週刊新聞ツァイトは、「右翼政党・ドイツのための選択肢(AfD)に近い男女2人がハーベック大臣の旅程を探り出し、農民たちをシュリュットズィール港に集結させた」と報じている。フレンスブルク地方検察庁は、脅迫と秩序攪乱の疑いで捜査を始めている。

 また内務省の捜査機関・連邦憲法擁護庁は、「帝国臣民(ライヒスビュルガー)や常識とは異なる考え方をする者たち(クヴェアデンカー)などの極右勢力が、農民の抗議デモを利用して、現政権への不満を煽ろうとする傾向が見られる」と警告している。バーデン・ヴュルテンベルク州の憲法擁護庁は、「同州のAfD青年部は、党員たちに対して農民デモに加わるように呼びかけている」と発表した。

 1月8日には、バーデン・ヴュルテンベルク州のウルム・ヴィブリンゲンという町で、何者かが、路上に材木を組み合わせた絞首台の模型を設置していたのが見つかった。絞首台には、「No farmers, no food(農民がいなくなったら、食料がなくなる)」というスローガンを書いた板が取り付けられている。絞首台の縄の先には、ボール紙で作られた信号機がぶら下げられていた。ショルツ政権を構成する連立与党は、しばしば信号機(ドイツ語でアンペル)と呼ばれる。三党のシンボルカラーは社会民主党(SPD)が赤、緑の党が緑、自由民主党(FDP)が黄色だからだ。「ショルツ政権の退陣を求める」というメッセージだ。

 誰がロータリーにこの絞首台の模型を設置したのかはわかっていない。しかし絞首台の模型は、旧東ドイツの極右勢力が政府に抗議するためのデモの際に時々使われており、農民デモと極右勢力の接近を示唆しているのかもしれない。ドイツの治安当局は、「農民デモが現体制の転覆を狙う極右勢力によって悪用される可能性がある」という懸念を強めている。

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