むろん、公共交通だけで街がコンパクトになり、すぐににぎわいが戻るわけではない。けれども、宇都宮のLRTでは、目に見える軌道とインパクトのある車両が、人の動き、そして街のつくりに変化をもたらすことを示している。684億円という投資額に批判はあるが、借入等の返済は相応の期間をかけて行うもので、宇都宮市の返済額は、最大でも年13億円、道路投資などに比べて高額なものではなく、宇都宮市の予算規模であれば問題はない。重要なことは、事業単体の収支が合わなくとも、街全体でみた利益を考えることである。
富山市は、年間約1億円の事業費をかけて、LRTやバスが格安で乗れる「おでかけ定期券」を販売したが、外出する市民が増えて健康になり、試算では事業費の約8倍、7.9億円の医療費抑制効果があったという*5。宇都宮市の場合、子育て家族が移住して人口が増え、地価が上昇して市の税収も増えている。そして、何よりも「LRTある宇都宮うらやましい」*6と言われる市民が、自らの豊かさやシビックプライドを感じているのではないか。
日本の公共交通は、どうしても交通事業の収支の「赤字・黒字」をもって、その是非を判断する傾向にある。しかし、LRTのような地域内交通は、まちづくりの一つの装置である。百貨店にあるエレベータは無料だが、エレベータを作り維持する費用をもって赤字とは言わない。エレベータは百貨店の装置として百貨店の利益に貢献するからである。公共交通の場合も、街における水平のエレベータとして、長期的に見た街全体の収支を考える必要がある。
ライトラインも、宇都宮市の装置としては、未だ課題は多い。まずもって、JR宇都宮駅の西側への延伸である。中心市街地のある駅西を通ることで、初めて街の軸として機能する。スピードも大正時代の軌道法に規制の下で縛られた最高速度時速40キロでは、その潜在力が発揮できない。法改正も含め、時代に即した制度の見直しが必要であろう。LRTとバスなど、二次交通との乗り換え拠点が整備されたが、電車とバスをしっかり接続させるといった、ダイヤ設定や情報提供にさらなる工夫が求められる。
とはいえ、LRT開業に伴う街の変化には目を見張るものがある。宇都宮市には、全国各地からの視察が殺到しているという*7。欧米諸国の事例を持ち出すまでもなく、高齢社会、地球環境を考えたとき、一定の人口集積がある地域であれば、LRTはこれからのまちづくりの一つの選択肢であることは間違いない。そのことに疑問を持つ読者は、一度宇都宮を訪れ、「LRTだ!」と叫ぶ子どもたちの目の輝きと家族の笑顔を見てほしい。
*1 道路:LRTの導入支援 - 国土交通省 (mlit.go.jp)
https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/lrt/lrt_index.html#2
*2 宇都宮市がLRTでまちづくり?75年ぶりの路面電車 開業のわけは | NHK | WEB特集 | 鉄道
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230911/k10014191581000.html
*3 LRT開業で通学も新たな風景 制服や私服の中高生、続々と乗降 フォーカスLRT元年 ③通学の足|下野新聞 SOON(スーン) (shimotsuke.co.jp)
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/805303
*4 LRT開業で道路の交通量が減少 栃木 宇都宮|NHK NEWS WEB
https://www3.nhk.or.jp/lnews/utsunomiya/20231117/1090016345.html
*5 松中亮治編著(2021)『公共交通が人とまちを元気にする』学芸出版社
*6 「LRTある宇都宮うらやましい」 開通に沿線も祝福の波発進LRT 宇都宮―芳賀 8月26日開業|下野新聞 SOON(スーン) (shimotsuke.co.jp)
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/781740
*7 LRT開業2カ月 視察、本年度既に100件超 開業後急増、海外からも関心|下野新聞 SOON(スーン) (shimotsuke.co.jp)
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/809111
宇都宮浄人
(うつのみやきよひと) 1960年、兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業、京都大学博士(経済学)。1984年に日本銀行に入行し、日本銀行調査統計局物価統計課長、同金融研究所歴史研究課長等を歴任。2011年に関西大学経済学部教授に就任。2017年度ウィーン工科大学客員教授兼任。著書に『路面電車ルネッサンス』(新潮新書、第29回交通図書賞受賞)、『鉄道復権 自動車社会からの「大逆流」』(新潮選書、第38回交通図書賞受賞)、『地域再生の戦略 「交通まちづくり」というアプローチ 』(ちくま新書、第41回交通図書賞受賞)、『地域公共交通の統合的政策』(東洋経済新報社、日本交通学会賞、第42回国際交通安全学会賞受賞)など。
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