杭州アジア大会の韓国戦で先発する嘉陽宗一郎(写真:共同通信社)

 大学生投手たちが続々と1位指名を受けた今年のプロ野球ドラフト会議。一般的に大学・社会人からプロ入りする選手(投手)は「即戦力」と呼ばれ、入団1年目からの活躍を期待されている。

 だが、ドラフトで指名を受けることはなかったが、じつは彼ら以上に「即戦力」としてプロから高く評価をされていた逸材がいた。トヨタ自動車のエース、嘉陽宗一郎投手だ。「プロに行かない男」の現在進行系の評伝を3話にわたって書き起こす。

(矢崎 良一:フリージャーナリスト)

>>貴重な嘉陽宗一郎の写真

 社会人野球の年間2大大会として位置づけられる夏の「都市対抗」と秋の「日本選手権」。この両大会で、昨秋(日本選手権)、今夏(都市対抗)と連続優勝し、3連覇を狙った今秋の日本選手権では惜しくも敗れたものの、近年の社会人野球で「王者」と呼ばれる強さを誇っているのがトヨタ自動車だ。

 嘉陽宗一郎は、優勝した両大会でMVP(都市対抗では橋戸賞)を受賞している。

ピンチを脱してマウンドを降りる(写真:共同通信社)

 同じアマチュア野球でも、高校野球などとは違い社会人野球はメディアに取り上げられる機会が少ない。だから嘉陽の名前を知るのは、かなり熱心な部類のファンだろう。だが、彼こそが実績、実力ともに現在のアマチュアナンバーワン投手であり、その実力がプロをもしのぐレベルにあることは紛れもない事実のようだ。

 トヨタ自動車のある東海地区を担当するプロ球団のスカウトがこう言って絶賛する。

「今年のドラフト1位の大学生投手たちはもちろん素材が良いのは間違いないのですが、じゃあみんな1年目から一軍でバリバリやれるのかと聞かれると、ちょっと疑問なんです。

 彼らはコロナの直撃を受けた世代で、大学4年間で追い込んだ練習をしてきていない。まだ仕上がっていない投手たちなんです。だからリリーフで経験を積ませたり、先発ならかなり間隔を空けての起用にならざるをえない。

 でも、もし嘉陽が今、プロに来たら、先発ローテーションに入って10勝前後は確実に勝てるでしょう。それくらい完成度の高い投手です」

 具体的に何が良いのか。投手の球質解析のスペシャリストで、『球速の正体』(東洋館出版)などの著書を持つ林卓史・朝日大学教授は、球場などで計測された嘉陽の投げるボールの測定数値を見てこう分析する。

「今年の都市対抗でのストレートの平均球速は148km(推定)。これはNPBの投手の平均球速を上回る数値です。測定データではホップ量も50cmを超えていて、日本では上位クラスの伸びる速球と言えるでしょう。

 また、投球フォームを見る限り、出力を抑えて、つまり全力投球でなくても150km前後の球速を出している印象で、まだ余力が十分にありそうです。

 あとはアマチュアの打者相手に有効な武器となっているフォークボールを、もう少し落差を改善できれば。トータルで見て、プロでも打たれないクオリティーのボールではないでしょうか」

 先述のスカウトは、「指先の感覚が良いからプロのストライクゾーンに苦労する心配がない」ことと、「長身で、打者にとって嫌なボールの角度を持っている」ことを長所に挙げている。

 だが、何よりもそのすごさは、先発して試合を作れるゲームメイク能力にある。