在籍期間で年俸基準が変わるメジャーリーグ

 2003年のベストセラー『マネー・ボール』で描かれたように、メジャーリーグではフロントの頭脳も球団の命運を左右する重要なファクターとなる。そしてフロントが知恵を絞る課題の一つが「球団が選手を保有できる期間」の問題だ。

 大枠で説明すると、メジャーリーグの選手はメジャー在籍期間が3年を超えると年俸調停の権利を得る。年俸調停ではリーグ全体で同程度の活躍をしている選手を基準にした金額が認められるため、一気に年俸が上昇する選手も出てくる。在籍6年に達するとFA権を取得し、文字通り自由に契約先を探すことができる。

 これを裏返すと球団は昇格して3年目までの選手なら最低年俸に近い金額で雇うことができ、その先6年目まではチームの財政状況にかかわらず実力に見合った金額を払う必要がある。そしてFA選手との契約は大物であればあるほど過去の相場を上回る金額を出す必要がある。FAで獲得する大物選手は予算的な視点からいえば費用対効果が高くなることはまず難しい。

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 となると、いかに「昇格3年目までの選手」+「割安に契約可能な選手」で戦力を整えるかが、予算内で良いチームを作るカギとなる。低予算でポストシーズンに進出する戦力が揃えば、そこからFA選手を補強して優勝を狙うという次のステップに進むこともできるのだ。

年俸総額ワースト2位でも地区優勝したチーム

 フロントの長期計画の成功例として分かりやすいのは藤浪晋太郎が所属するオリオールズだ。2018年11月にGMに就任したマイク・イライアスは翌年のドラフトで、現在主力になっているアドリー・ラッチマン捕手やガンナー・ヘンダーソン遊撃手らを指名。さらに、ローテーション投手をトレードに出して当時エンゼルス傘下のマイナーリーガーだったカイル・ブラディッシュ投手を獲得するなど、メジャー未経験の若手を集めた。

 将来に向けて有望な若手を収集することに重きを置いた結果、オリオールズは2019年、2021年と100敗以上を喫するどん底を味わった。ラッチマンが昇格して上昇機運が盛り上がりポストシーズンのチャンスがあった昨季ですら、8月に抑え投手をトレードに出して若手を集めた。そして今季、ヘンダーソンを筆頭に次々と有望な若手が昇格してチームは一気に地区優勝を果たしたのだ。

 大事なのは、この101勝をあげた戦力が30球団中29位の年俸総額6100万ドル(約91億5000万円、1ドル=150円で計算、以下同)弱でまかなわれているという点だ。主力選手の多くは年俸調停の権利を得ておらず、FAまで時間を要する選手が大半なので、過度な出費を伴わずに現在の戦力を数年間は維持できる。

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