本年94歳を迎えた世界的な言語学の大家、ノーム・チョムスキーは今年3月にChatGPTをはじめとする生成AIブームを一蹴し、現時点におけるAIは道徳に無関心で知性が欠如していると語った。
私たちはAIが吐き出す言葉をどう受け止め、その「知」をいかに評価すべきなのか。『BRAIN WORKOUT ブレイン・ワークアウト 人工知能(AI)と共存するための人間知性(HI)の鍛え方』(KADOKAWA)を上梓したグレートジャーニー合同会社代表で、東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員の安川新一郎氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──本書では、人工知能が普及する時代に、いかに人間は脳を鍛えることができるのかということについて書かれています。なぜこういったテーマで本をお書きになったのでしょうか。
安川新一郎氏(以下、安川):コンサルタントとしてキャリアを歩み始めたこともあり、ブレインストーミングしてインサイトを引き出したり、分析のフレームワークを使い分けたりして、ゼロからアイデアを生み出すことを社会人1年目から絶えず求められてきました。
「ものを考える」「アイデアを出す」ということが常にクリティカルな命題で、それが達成できなければ、家に帰ることができないし週末も消えてしまうという生活です。
やがてマッキンゼーからソフトバンクに転職し、孫正義さんを支える社長室長になると、その生活はさらに加速しました。
孫さんという方は、ゼロからあれだけの企業を作り上げた、ものすごい思考力の持ち主です。私たちも、孫さんから「脳みそがちぎれるほど考えたのか」という問いを常に迫られてきました。
「お前の話はつまらんなぁ」という顔を孫さんにされると死にそうな気持ちになる。ですから、頭をきちんと使って価値を生み出していくということが、ずっと自分の仕事の中心を占めてきました。楽ができるような時は全くありませんでしたね。
サラリーマン時代は孫さんの要求に必死に応えることで精一杯で、自分の能力を鍛える余裕や時間はなかった。その後、独立して一人のコンサルタントになり、読書などを含め、自分を鍛えていく方法を体系的に探究し始める時間を得ましたので、その内容を今回本にまとめたという次第です。
──言語学の大家であるノーム・チョムスキーは、批判的思考ができず、道徳的判断基準も持ち合わせていない現在の人工知能は疑似科学であるとして、世間の熱狂を否定したことに言及されています。
安川:チョムスキーの批判には面白い論点がいくつかあると思います。チョムスキーは今日のAIというものを正しく理解しておらず、的外れな批判をしている側面がある。
チョムスキーは人工知能を人間の脳と対等な存在のように考え、AIの不完全さに対して「偽物だ」と言っている。
しかしながら、現状の生成AIというものは「大規模言語モデルによる推論エンジン」であり、インターネット上にある過去の人間の言説を集め、「この言葉が来たら、次に来るのはこの言葉だ」と確率による推論に則って文章を構成して質問に回答している。
だから、思考も倫理も知性も道徳も存在しない。これがおそらく生成AIを開発している側の回答です。
日本人は「知性」と「知能」という言葉を分けて使いますが、英語で「intelligence」と言う場合は両方を同時に意味している。
「知能」は答えがあるものに対してどれだけ最適・最短に答えを導き出せるかということです。これに対して「知性」とは答えがない問いを考えていく力で、「ネガティブ・ケイパビリティ」を含む深い知恵です。
チョムスキーの主張に関する議論も、この辺の言葉の意味の微妙な違いを考える必要があるのかもしれません。
──AIの登場によって「数年でビジネスパーソンの日常は大きく変わっていくでしょう」と書かれています。多くの人は、本当に数年でAIを使いこなせるようになるでしょうか。