カルロス・ゴーン氏が逃亡先に選んだのは出生地であるレバノンだった。同国では逮捕時にゴーン氏を支持する看板が設置された(写真:Abaca/アフロ)

会社法違反(特別背任)の容疑で逮捕され、保釈中にプライベートジェットで国外逃亡したカルロス・ゴーン日産自動車元会長。最近、逃亡先のレバノンで日産などを相手に10億ドル(約1400億円)の損害賠償請求を起こし、7月18日には日本外国特派員協会でオンライン会見を開いた。瀕死の日産自動車を再建し、スター経営者となったゴーン氏は、その権力と栄光をなぜ失ったのか——。米ウォール・ストリート・ジャーナル記者の手によるノンフィクションが邦訳された。

(*)本稿は『カリスマCEOから落ち武者になった男 カルロス・ゴーン事件の真相』(ニック・コストフ&ショーン・マクレイン=著、長尾莉紗、黒河杏奈=訳、ハーパーコリンズ・ジャパン)の一部を抜粋・再編集したものです。

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楽器を運ぶ大型の木箱に身体を潜めた

 カルロス・ゴーンは目の前に置かれた箱をじっと見つめた。……自由、か。

 それは縁をスチールで補強した大きな黒の木箱だった。音楽バンドが大型スピーカーや楽器を運ぶときなどに使うケースだ。

 ゴーンはこの逃亡のために雇ったアメリカ陸軍グリーンベレーの元隊員、マイケル・テイラーの指示を聞いていた。

 テイラーはゴーンがこれからすべきことをひとつずつ説明していた。この木箱の中に入って、あとはじっとしていること。蓋が下ろされ、しっかりと閉じられたら、あなたが入ったこのケースは動き出す。そうして箱の中に入ったまま、あなたは他の荷物と一緒にプライベートジェットに乗るのだ。

 ゴーンにとってプライベートジェットは慣れ親しんだ移動手段だった。ルノーと日産自動車という2つの自動車メーカーの最高経営責任者として、愛機のガルフストリームで世界中を飛び回っていたのだから。豪華な革張りのシートに寝そべって雲の上を飛ぶのは慣れている。しかし、今回の旅はまったく新しい体験だ。

 すべてうまくいけば、翌朝にはレバノンに所有する広大なブドウ園でブランチを食べているだろう。テイラーの助けのもと忽然と姿を消し、日本の司法当局の手から逃れ、告発された金融犯罪を数千キロの彼方に残して。