「闇社会の帝王」にまつわるエピソードを、2人の評論家・作家が語る(写真:アフロ)

 戦後最大の経済事件と形容されるイトマン事件。「闇社会の帝王」の異名を持つ許永中氏は、この事件の主人公である。政財界から暴力団、ヤクザ社会にまで幅広く人脈を持ったフィクサーの素顔を、2人の評論家・作家が語った。

(*)本稿は『日本の闇と怪物たち 黒幕、政商、フィクサー』(佐高信・森功/平凡社)の一部を抜粋・再編集したものです。

元特捜エースは言った、許永中は「いい人」

佐高 歴史には権力者の歴史と民衆の歴史があるとはよく言われることですが、両者を歪んだ形で結びつける「闇の領域」というものがあって、私は、その闇の歴史というのも重要だと思うんです。

 森さんも私も物書きとして多かれ少なかれ、闇の人脈とも接点を持ってきた。それぞれが関心を寄せてきたフィクサー的な存在や政商たちを存分に語り合いながら、「闇の領域」を明らかにしてみたい。

 まずは「闇社会の帝王」と呼ばれた許永中*1なんですが、森さんは『許永中――日本の闇を背負い続けた男』で、その出自と軌跡に迫っている。私は許永中には直接会ったことはないんですが、「特捜のエース」から弁護士に転身して「闇社会の守護神」と言われた田中森一*2と対談したことがあります。田中は私より二つ年上で、許永中とともに石橋産業事件*3で手形詐欺に関わったとして逮捕されるわけですが、田中は私に、許永中が出所したら会うといいですよ、いい人ですよと言うので、へえと思ったんだけど。

*1 許永中(1947〜) 大阪市大淀区(現北区)中津生まれ。在日韓国人二世。大阪工業大学在学中から愚連隊を率い、裏社会人脈を築く。大学中退後、建設や不動産などの事業を展開する一方、大谷貴義、福本邦雄といったフィクサーの知遇を得て政財界に人脈を広げる。1991年にイトマン事件、2000年に石橋産業事件で逮捕。保釈中の97年9月、ソウルで失踪。99年11月に都内で身柄拘束される。2012年12月、母国での服役を希望し、ソウル南部矯導所に入所。13年9月に仮釈放された。

*2 田中森一(1943〜2014) 長崎県生まれ。岡山大学法文学部在学中に司法試験合格。1971年、検事任官。大阪地検などを経て東京地検特捜部で撚糸工連汚職、平和相互銀行不正融資事件、三菱重工CB事件などを担当。87年、弁護士に転身。山口組若頭の宅見勝、イトマン事件の被告・伊藤寿永光、仕千筋の小谷光浩などの顧問弁護士を務める。2000年、石橋産業事件をめぐる詐欺容疑で東京地検に逮捕。08年、懲役3年の実刑が確定して服役した。

*3 石橋産業事件 1996年1月から9月にかけ、許永中らが商社「石橋産業」から約179億円の約束手形を詐取した事件。許らは、相続に絡んで散逸した自社株の回収を進めていた石橋産業側に接触、株回収を条件に許が保有する建設会社の株1120万株を買い取り、代金として手形を振り出すよう石橋産業に要求。しかし、この株は許が89年にノンバンクから融資を受けた際に担保として差し出したもので、このノンバンクは一部を他の金融機関への担保に使っていた。捜査の過程で、石橋産業から中尾栄一元建設大臣に賄賂が渡った汚職事件も判明した。

 「いい人」ですか。田中さんらしい言い方ですね。