知名度の高かったゴーン氏の突然の逮捕は、大きなニュースになった(写真:ロイター/アフロ)

会社法違反(特別背任)の容疑で逮捕され、保釈中にプライベートジェットで国外逃亡したカルロス・ゴーン日産自動車元会長。最近、逃亡先のレバノンで日産などを相手に10億ドル(約1400億円)の損害賠償請求を起こし、7月18日には日本外国特派員協会でオンライン会見を開いた。瀕死の日産自動車を再建し、スター経営者となったゴーン氏は、その権力と栄光をなぜ失ったのか——。米ウォール・ストリート・ジャーナル記者の手によるノンフィクションが邦訳された。

(*)本稿は『カリスマCEOから落ち武者になった男 カルロス・ゴーン事件の真相』(ニック・コストフ&ショーン・マクレイン=著、長尾莉紗、黒河杏奈=訳、ハーパーコリンズ・ジャパン)の一部を抜粋・再編集したものです。

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側近が編み出した巨額報酬の支払い方法

 東京都心から少し離れた羽田に近づくと、ガルフストリームG650の機体は揺れはじめた。2018年11月19日。富士山のまわりに吹く強風の影響で、羽田空港の周辺では常に乱気流が発生する。ゴーンは目を通していた書類からほとんど顔を上げなかった。

 ゴーンの飛行機が東京に降り立とうとしていたとき、グレッグ・ケリー(日産のCEO室長)を乗せた別の機体も日本に近づいていた。このアメリカ人は彼のボスとは違って、プライベートジェットに慣れていなかった。ケリーの航空機はテネシーを離陸し、給油のためにアラスカのアンカレッジで1時間のトランジットを行っていた。

 気取ったジェット機の豪華な革張りのシートでも、ケリーは眠れなかった。刺すような手足の痛みのせいで、まったく落ち着くことができない。革張りのシートに深く座り、鞄から黄色いメモ帳を取り出し、ゴーンとの打ち合わせのための素案を書きはじめた。

 ケリーはすでに10年近くにわたって、ゴーンにさらなる報酬を支払うための計画を次から次へと考えてきた。(ルノーと日産の)合併の一環としてゴーンが退任すると信じていたケリーにとって、その任務は新たな切迫感を帯びたものだった。

 ケリーはメモ帳の1行目に、ゴーンにとって最も重要だと思われることを書き込んだ。8年間受け取らないようにしてきた給与の合計金額だ。ペンディングになっているストックオプションも含めると、およそ1億2000万ドルになる。

 次に、会長退任後も取締役にとどまるという取引にサインしてもらうため、ゴーンに提示する予定の金額を記した。ストックオプションと年金、そしてケリーが考えている退任後の取引を合わせると、1億5000万ドルほどに積みあがった。ゴーンへのプレゼンはいたってシンプルだ。退任後も日産にとどまれば、ようやくあなたの対価に見合った報酬が支払われる。