監視カメラも、自由権から見るか、社会権から見るかで評価が正反対になる(写真:アフロ)

 なぜ日本ではデジタル化が進まないのか。なぜ国民は番号制度を忌避するのか──。日本にかけられた「マイナンバーの呪い」について、長年、政府のデジタル化プロジェクトに関わってきた専門家がひもとく。最終回の今回は、日本のデジタル化を阻んでいる真の要因について。

※1回目「デジタル庁が発足して1年、ちっとも進まないデジタル化の根源に横たわる呪い」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72056)
※2回目「デジタル化のメリットが反映されていないマイナンバー制度の致命的欠陥」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72230)
※3回目「マイナンバーカードと健康保険証の一体化、今のままでは大惨事が起きかねない」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72373)
※4回目「日本をデジタル後進国たらしめている根源、マイナンバーの呪いを解く呪文とは」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/72526)

(榎並 利博:行政システム株式会社 行政システム総研 顧問、蓼科情報株式会社 管理部 主任研究員)

私たちは何を天秤にかけているのか

 マイナンバーが知られたところで悪用できない。これについては理解できても、国家権力がマイナンバーを恣意的に使い始めたら怖いという懸念が、国民の中に潜んでいる。これがマイナンバーの呪いの根源かもしれない。

 このような懸念を持つことは極めて健全だろう。権力は常に腐敗する危険性を持っているからだ。

 ただ、そうは言いながら、紙と毛筆の時代に戻るなら話は別だが、マイナンバーを使わずして今日の行政事務は成り立たない。長年にわたる年金の納付記録を正しく記録するためにもマイナンバーは必須だ。

 だから我々がやるべきことは「マイナンバーに反対する」のではなく、デジタルの力を使ってどのように番号の濫用を監視し、統制していくかを考えることだ。

 ネットショッピングで欲しいものが安く手に入るとしよう。そのようなサービスを利用する場合、氏名・住所・生年月日・電話番号・クレジットカード番号などの入力を求められる。そこであなたは迷うだろう。個人情報を提供しても大丈夫なのか、勝手に使われたりしないだろうか、サービスを提供する会社は信用できるのか、等々。

 このネットショッピングの場においては、その利便性とプライバシー侵害の危険性が天秤にかけられている。利便性とプライバシーのどちらを選択するか。たぶん、あなたは実績のある名の知れた会社であるか、悪い評判がないかを調べたうえで、どちらかを選択するだろう。これはあくまでも民間のサービスの場合である。

 一方、行政のサービスを考えてみよう。

 政府はマイナンバーやマイナンバーカードの利便性を強調するが、それらを使ったプライバシー侵害が起きると懸念を持つかもしれない。しかし、待ってほしい。行政のサービスにおいて、プライバシーを含む人権の保護は憲法上の大前提だ。行政による人権侵害などは断じて認められない。

 つまり、利便性かプライバシーかという天秤は民間のサービスでは成り立つものの、行政のサービスでは成立しない。プライバシーは人権の一つであり、行政サービスにおいて人権が天秤にかけられることはない。

 政府は「便利になります」と利便性を強調するが、その説明には逆に危うさを感じる。民間サービスと同様、利便性と人権が天秤にかけられていると感じるからだ。

 なお、行政からの情報漏えいを懸念する向きもあろうが、個人情報はこれまでと同じ分散管理であり、そのリスクはマイナンバーの有無と関係ない。

 それでは行政のサービスにおいて、「番号を使うな」あるいは「番号を使うべき」という相反する考え方においては、何と何が対立しているのだろうか。