文=松原孝臣 写真=積紫乃

音楽著作権だけでも1曲数十万円

 町田樹は2021年5月、自身の作品を収めたブルーレイ『氷上の舞踊芸術 町田樹 振付自演フィギュアスケート作品プリンスアイスワールド映像集2013―2018』(新書館刊)を発売した。現役時代からプロスケーターとして活躍していた期間の、自身が振り付けて演じた6作品9公演が収録されている。

 制作の過程で、町田はアーカイブにあたっての障壁の存在を、身をもって知った。

「音楽に関しては基本的にJASRAC等の著作権の一括管理業者との交渉が多くなります。ただ、例えば放送とかカフェで流したり競技会で使用する場合と違い、専門用語で『固定』と言うんですけれどもDVDのように再生可能な形で固定される著作権は権利処理のハードルが極めて高い。つまり、著作権のクリアランスが難しくなります。しかもJASRAC等が管轄していないケースもあり、音楽家に直接交渉ということになる。著作権自体も複雑でして、作曲者の権利『著作権』と、演奏する人の権利『実演家権』は別々なわけです。この2つに関してきちんとクリアランスを行わないと、アーカイブできません」

 その労力は並大抵ではない。加えて、しかるべき対価が発生する。

「実は1曲につき数万円では収まらず、数十万円にのぼることが多いです」

 映像集にかかったコストの大きさがうかがい知れる。莫大なコストと許諾のための交渉にかかる労力を想像すれば、負担の大きさも相当であることが想像される。

「これは新書館のご厚意でやっていただいたので、赤字にはならないけれど採算度外視で作ることができました」

 そこまでのエネルギーをかけたのは、上演したときの原曲の音源そのままで収めようとしたことにある。

 フィギュアスケートの映像集はこれまでも発売されてきた。それらに記された注意書きなどに慎重に目を凝らせば、このような趣旨の表記が書かれていることに気づく。

「収録楽曲は、権利上の都合により新録音、再編集したもの」

 プログラムでの音源の権利をクリアできなかったため、収められたプログラムのすべて、あるいはいくつかについて、新たに(デジタルなどで)作った曲を演技にあてはめる形がとられていることを意味している。つまり、上演時そのままではない。町田の映像集は、すべての作品を上演時の音源そのまま使用した――「フィギュアスケート界初」の成果であった。

「そういう権利料の支払いや交渉は、主に新書館の編集部でやりましたけれども、数々の困難に直面しました。結局交渉だけで、足かけ1年くらいかけたと思います」