映像の著作権の問題

 収録するにあたってクリアしなければいけないのは音楽の権利関係にとどまらない。映像そのものもクリアを要する。

「映像の著作権というのは、一概には言えないけれど十中八九、イベントの主催者とそれを撮影した人に帰属します。競技会なら、グランプリシリーズとかでしたら国際スケート連盟、プラスアルファ、NHK杯ならNHKというように、競技連盟とテレビ局が共同で持っています。映像の著作権のクリアランスを行うためには、両者と交渉しなければなりません」

 その費用はいかほどなのか。

「演技映像の1分間の著作権料がどれだけかかるかというと、サラリーマンの平均月給は軽く飛んでいきます。たった1分間に対してですよ」

 このたとえを応用すれば、仮に5分の演技映像があるとすれば、平均月給の5カ月分を要することになる。100万円ではきかない金額であることは想像がつく。

「それだけではありません」

 町田が語ったのは、支払う先は1つではなく、主催者とテレビ局の双方にその額を支払う必要があることだった。

「料金は両方同じ設定なので、2倍かかることになります」

 つまりは1演目5分の演技映像に対して、200万円をゆうに超える金額が発生することになる。ブルーレイなりDVDなりを、発売するとなれば1作品というわけにはいかないからいくつも作品を収めることになる。音楽と映像をあわせ、トータルの額はどれだけになることか……莫大な費用を要することになる。通常なら、とても負担できない額であり、見方によっては、こうした形でのアーカイブを拒絶しているかのようですらある。

 町田の映像集がその壁を乗り越えることができた要因に、主催者の協力があったという。収められている6つの作品のすべては、タイトルに含まれているようにアイスショー「プリンスアイスワールド」でのものだ。

「『うちのアイスショーに貢献してくれたから』というご厚意で、有難いことに権利料を現実的な金額にしていただけたのです」

 さらに言葉を続ける。

「もちろん、他にも収録したかった作品はありましたが、それらの映像はこの著作権の問題で実現しませんでした」

 だからプリンスアイスワールドでの演技映像集としてまとめられることになった。

 その経験も踏まえつつ、進めてきたのが10月に発売が予定されている『町田 樹 フィギュアスケーターのためのバレエ入門』(新書館刊)である。

「私は選手を引退してから、東京バレエ団特別団員である高岸直樹先生のもとで、8年間バレエを本格的に研鑽していました。フィギュアスケートが基本的にバレエを下敷きにしていることを知り、バレエという舞踊文化を学ぶことでフィギュアスケートの表現力ですとか、技の精度みたいなものにつながっていくということが分かったんですね。それをぜひ若いフィギュアスケーターにも感じていただきたいということで作っています」

 コロナ禍の2020年夏、オンデマンドで実施したワークショップの記録を中心としたこのDVDは、講義、フロアと氷上レッスン、出演した4人のスケーターが町田の振り付けによりショパンの『別れの曲』を踊る、という4部構成となっている。

「フロアでのワークショップも音楽がありますし、ショパン作曲の楽曲には著作権はないのですが、演奏しているピアニストには実演家権があります。今回はピアニストさんたちが教育目的の音楽利用ということで賛同してくださり、もちろん無料ではないのですが、リーズナブルな形で許諾してくださったんですね。

 また映像はプロのカメラマンさんに個人的に撮影をお願いしました。長年競技会の中継放送に携わってきたグランシェル・ピクチャーズの加藤清之さんという方です。『ぜひやりましょう』と賛同してくれて、撮影の権利料も抑えていただき、障壁を低くできました。つまり、音楽家と事前に交渉し、なおかつ映像を自前で制作した、ということです。こうして映像集とは対極の作り方のアーカイブ集と言えるでしょう。両方のやり方に私たちは挑戦してきたと言えます」

 実践を通じて得られた知見も少なくない。それも含め、大きな挑戦であった。

 話を聞く中で、アーカイブには音楽の権利、映像の権利をクリアする必要があり、その作業のハードルの高さも伝わってくる。

 同時に、1つ感じることがあった。被写体であるスケーターの存在はどう位置付けられているのか、意識されているのかということだ。(続く)

 

町田樹(まちだたつき)
スポーツ科学研究者、元フィギュアスケーター。2014年ソチ五輪5位、同年世界選手権銀メダル。同年12月に引退後、プロフィギュアスケーターとして活躍。2020年10月、國學院大學人間開発学部助教に。研究活動と並行して、解説、コラム執筆など幅広く活動する。スポーツを研究者の視点で捉えるJ SPORTS放送『町田樹のスポーツアカデミア』では企画・構成・出演を担う。著書に『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社)『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』(山と溪谷社)。