文=松原孝臣 写真=積紫乃
動画投稿サイトに頼らざるを得ない現実
あの大会の、あのアイスショーのスケーターの演技が観たい——フィギュアスケートのファンの人がそう思ったとき、探す先として有力な候補になるのは動画投稿サイトではないだろうか。
たしかに、過去から現在までの、たくさんの映像があげられている。競技会のもの、アイスショーのもの、著名なスケーターの作品であれば、探していけばなんとかみつかったりする。だから演技映像を観たくなったとき、探す手間はかかるにしても、そんなに不便に思わないかもしれない。「観られない」という思いに駆られることは少ないかもしれない。
でもそこに落とし穴がある。動画投稿サイトにある映像の多くは、いつ消えてもおかしくはない、不安定な状態にあるからだ。
それでも動画投稿サイトに頼らざるを得ない現実があるが、そこから映像が消えることは、実はフィギュアスケートのファンへの影響にとどまらない。このような課題を含め、フィギュアスケートが抱える大きな問題に焦点をあててきたのが町田樹である。
「アーティスティックスポーツ」を研究
町田は2014年12月に競技生活から退くことを表明、プロフィギュアスケーターとして活躍したあと2018年10月にプロスケーターとしての活動にも終止符を打った。
競技者としてはオリンピックに出場して5位入賞、世界選手権銀メダルなどの成績を残した。成績もさることながら、プロ時代も通じて、数々の名演を披露し、深く記憶に刻まれるスケーターであったのが町田であった。
確固とした存在感は、研究者として歩む今日もかわらない。現在は國學院大學で助教を務める町田は、早稲田大学大学院在籍時から研究を行なって論文として発表。その成果は広く注目されてきたが、フィギュアスケートにも大きな功績を残している。
例えば、音楽を用い表現を含む採点競技「アーティスティックスポーツ」を研究。従来は認められていなかったフィギュアスケートなどが著作物たりうることを明らかにしたこともその一つだ。
また、スポーツにおけるアーカイブの意味も研究し、アーカイブされてのちのちまで残されていく重要性も訴えてきた。
これまでの取材での言葉を引用する。
「研究者としてアーカイブ学も専門の一つとしていて、2020年にアーカイブ学の論文を発表しています。そうした研究の成果によって日本のスポーツアーカイブが危機的状況にあることを知りました。国内においてスポーツアーカイブの中枢機関を担う秩父宮記念スポーツ博物館・図書館が2014年から現在に至るまで休館に追い込まれている状態さえ知られていないわけですから。アーカイブというのは未来を形作る上での礎になりますし、文化の成熟度を示すバロメーターでもあります。そのためスポーツ界のアーカイブが乏しいと、スポーツ文化そのものが深まっていかないのです」
アーカイブされるべきスポーツの資料はさまざまだ。野球ならグローブやユニフォームなど物質的なものがすぐさま思い浮かぶ。フィギュアスケートなら、メダルや衣装などがそれに相当するだろう。
「それらは所有者の快諾を得て、アーカイブを構築しようという意志さえあれば、アーカイブすることが可能です。実際、サッカーや野球は殿堂とともに博物館があり、フィギュアスケートもアメリカのコロラド州に世界フィギュアスケート博物館があって、様々な資料がアーカイブされています」