文=松原孝臣 写真=積紫乃

2022年5月27日、「ファンタジー・オン・アイス」幕張公演の羽生結弦 写真=松尾/アフロスポーツ

3年ぶりに開催されたアイスショー

 ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングスの音響プロデューサー重田克美は5月27日から「ファンタジー・オン・アイス」の現場にいた。幕張で開幕し、名古屋、神戸を経て、6月26日、静岡で幕を閉じた。

 新型コロナウイルスの影響によりこの2年は中止。3年ぶりの開催は、それは重田克美にとっても感慨深いものだった。

「幕張公演の初日のときは、うるっとしました」

天井に吊られたスピーカー (「ファンタジー・オン・アイス」静岡公演より)

 コロナ禍のもとでも、NHK杯や全日本選手権など大会は開催されていた。ただその多くは無観客開催から始まり、状況に応じて入場者数の制限は徐々に緩和されたものの、満席というわけにはいかなかった。

 また、大会の場合、重田はリンクサイドの席にはつかず、裏に控えて全体を統括する。そのため、目の前でスケーターたちの演技を目にすることはない。一方でアイスショーでは、重田もリンクサイドにポジションをとり、職務にあたる。つまり、3シーズンぶりにリンクサイドで演技を見守ることになったのだ。

「満席の観客席でもありましたし、リンクサイドはほんとうに楽しいです。3年ぶりでしたが、2019年までずっとやってきたチームなので打ち合わせしつつ思い出しながら進めました」

氷上から音の鳴り方を確認しているところ。客席からも行う (「ファンタジー・オン・アイス」静岡公演より)

 ファンタジー・オン・アイスの特色の1つは、複数のアーティストが出演し、スケーターとコラボレーションすることだ。今回も前半と後半の公演とで出演者は異なるが、幕張と名古屋公演では広瀬香美、スガシカオ、遥海が歌い、それに合わせて演技する光景が広がった。その部分で競技会とは異なる苦労があるという。

「私はスタッフに恵まれています」

 そう語ると、重田は続けた。

「『ファンタジー・オン・アイス』ではアーティストの方が歌ってスケーターが滑るプログラムがあります。その場合、観客の方には聴こえないけれど、曲の頭の部分に『カウント』が入っています。スケーターの様子を見て、どこでカウントを始めるか、ここで始めれば、曲の音がこのタイミングで流れる、というのを考えつつ、選手をずっと観察して再生機のオペレーターはスタートボタンを押す作業を行っています」

 出演する奏者がいる部分は生演奏だが、そうではない部分はあらかじめ録音された演奏であり、その2つが混ざった状態で音は流れる。そのため、演奏スタートの前からタイミングとリズムをとるためのカウント音がある。その分、スタートのスイッチのボタンを押してから演奏が始まるまでのタイムラグがある。より繊細にスケーターの様子も見守る必要が生じる。