文=松原孝臣 写真=積紫乃

華やかだけではない男子フィギュアの衣装

  フィギュアスケートは音楽を用いた作品としての芸術的な領域と、順位を競うスポーツの両面を備える。フィギュアスケートがアートスポーツであるゆえんである。

 選手それぞれに、濃淡はあっても意識はしているだろう。その中でも、伊藤がこう語る選手がいる。

「フィギュアスケートがアートスポーツであることを理解されていて、自身の美学があるなと感じます」

 羽生結弦である。

「単純に華やかなのではなく、世界観が表れる衣装にしてほしい、とは言われています。羽生さん自身、自分に似合う衣装のイメージを持っていると思います。フィッティングのときにも、『もっとここをキラキラさせてもいいと思います』と意見を言ってくださる」

 同時に、競技の流れにも対応していかなければならない。近年、フィギュアスケートにおいて目立った動きの1つが、男子における4回転ジャンプの増加だ。衣装にもその波は押し寄せた。

「『できるだけ軽くしてほしい』という要望は年々、強くなっていますね」

 選手はすぐ「前の衣装よりも軽いです」と気づくという。

 2015年以降、毎年依頼を受けてきた羽生結弦の衣装も軽量化が図られてきた。2015年の頃は約850グラムだったが、昨シーズンのショートプログラム『秋によせて』、フリー『Origin』はともに610グラムくらいになっている。

「素材は常に繊維街などでチェックし、軽くて伸縮性のあるものを探しています」

 ぎりぎりまで軽量化を図り、一方では装飾などを施す。ある意味、相反する作業を両立させることを求められる。その中で成立させてきた。

 

急な依頼に応えた『SEIMEI』の衣装

 羽生と言えば2019-2020シーズン、今年2月に開催された四大陸選手権を前に、プログラムを変更した。フリーは平昌五輪での演技で一般の人にも広く知られる『SEIMEI』を再び用いたのだ。

 伊藤にとって4着目※の『SEIMEI』の衣装だった。

※2015-2016の開幕前のアイスショー時、2015-12016シーズン、2017-2018シーズン、2020年四大陸選手権の4回

「『SEIMEI』の衣装は、今まで作った衣装の中でもパーツ数がとても多い。あの難しい衣装を、ひと月もないくらいで作らないといけない。とにかく、必死でした」

「襟の部分を黄緑にすることと、ボルドーとゴールドの石を」というリクエストを受けつつ、伊藤は見事、急な依頼に応え完成。無事、大会に間に合わせた。

2020年四大陸フィギュアスケート選手権、フリー『SEIMEI』を演じる羽生結弦。写真:松尾/アフロスポーツ

 製作においては、羽生はカナダにいるので、仮縫いなしで進んだ。

「体型は変わっていないでしょうから、その点も大丈夫だろう、と」

 自己管理の徹底した羽生だからこそのエピソードだ。何年も、羽生の衣装を担当してきて、今、こう語る。

「羽生さんの求めているものの120%くらいになるようにと思って、納得するものを作るという気合で作っています」

 フィギュアスケートはアートスポーツである。伊藤はかねがね、そう語る。そして羽生もそれを深く理解する。そこにはきっと、お互いに相通ずるもの、共感もある。

 

「この先はわからない、でもありがたい」

 何年も多くのスケーターの衣装デザイン・製作を担ってきた今シーズンはいつもと様相が異なるスタートとなった。新型コロナウィルス感染の世界的拡大である。

「ふだんは3月くらいからオーダーが入るのですが3、4、5月と暇で、通常ならちょっと入っていないとまずい時期なんですけど、6月に入ってから徐々に依頼が入ってきました。仕事の量自体は正直そんなに変わっていないと思います」

 不安はなかったのか。

「今年試合がもしできなくても、来年も分からないかもしれないけれど、いずれ必要になるじゃないですか。試合ができるときが来るとは思っていたので、意外と楽観的というか」

 そして付け加えた。

「でも、ありがたいですよね」

 振り返れば、フィギュアスケートの衣装デザインを、いや、そもそもデザイナーという道を目指してきたわけではなかった。

「高校に入った頃は、とりあえず好きなことをしていきたいというくらいの気持ちで。ただ、まだ好きなことが決まっていなかったですね」

 進学する高校を選んだのは、「私服であること」が理由だった。中学生のときは「すごい浮いている存在だった」と言う。

「学校ってどうしても閉鎖的な環境じゃないですか。特に中学だと。みんな同じ音楽を聴いているのがふつうみたいな、同じ音楽聞いてはやりのお洋服着たり。田舎だったのでそれがふつうでした。私はそのときからハードロックとかパンクを聞いていたんですけど、ほかの人からすると、『何その音楽?』と」

 恐らくは押し殺していた感情、伝えたい思い、表現があっただろう。

 やがて表現を作ることができる世界があることを知り、そしてフィギュアスケートの衣装デザインへと向かった。

 選手によってリクエストの度合いは異なり、提案できる幅もそれによって異なる。その割合が小さくても、その範囲で最善を尽くし、「一点もの」を生み出してきた。その根底に、表現の大切さを知り、表す喜びがあるのではないか。

 少なくとも、真摯に向かい、なにごともおろそかにしない姿勢が今日へと導いた。

 これからも変わることはない。

 他に類例のない、選手それぞれのための衣装を世に送り出していく。

伊藤 聡美
いとう・さとみ エスモード東京校からノッティンガム芸術大へ留学。帰国後、衣装会社に入社し、2015年に独立。男女を通じ国内外の数多くのフィギュアスケーターの衣装デザイン、製作を請け負う。20年3月、『FIGURE SKATING ART COSTUMES』(KADOKAWA)を刊行。