「これほどまでに情熱をかけられるんだ」

2012年3月31日、世界選手権、男子FSで「ロミオとジュリエット」を演じる羽生 写真=アフロ

 無事に全公演を終えた重田には、忘れられないシーズンとスケーターがいる。

「東日本大震災があった2011年は、いろいろなことが記憶されていますね。その中でも強く覚えているのは、羽生結弦さんですね。プラクティスリンクで頑張ろうと思っていた世界選手権は中止になりましたが、アイスショーは開催されました。そこで羽生さんが、リンクが開けば延々と滑っていたのが今も忘れられません。

 当時、震災の影響でホームリンクを失っていたのですが、ショーに参加すれば練習リンクがある。そこでずっと4回転ジャンプを跳んでいた印象があります。彼の、とんでもなくひたむきなところの一端を見た最初でしたし、『これほどまでに情熱をかけられるんだ』と感じたときでもありました。

 このように言うのはおこがましいですが、あの姿を見ているから、今の『羽生結弦』を理解できる気がします。2011-2012シーズン自体もそうです。秋以降の成績だけ見ていると、どうしてそこまで伸びたのか分からなかったのではないでしょうか」

 そのシーズン、羽生は世界選手権にも初めて出場し、銅メダルを獲得したのをはじめ、飛躍の1年となった。華やかな活躍の裏にあった努力こそ、重田が忘れがたい光景だった。

 そして笑顔を浮かべると、こう付け加えた。

「羽生さんは2011年の頃は10代で、リハーサルのためステージにアーティストの方が上がってくると、かぶりついて見ていましたね。いつの間にか近寄って来ている感じで。まあ、今もそういう姿は変わらないです」

 羽生に触れつつ、アイスショーの魅力をこうも語った。

「ショーのとき、そのシーズンのフリー『ロミオとジュリエット』を少し短くしたバージョンを滑っていました。羽生さんに限らず、新しいシーズンのプログラムを披露する選手たちがいます。その完成形をシーズンの中で見られるのもうれしいですね。夏のアイスショーに参加するのは仕事でもあるけれど一個人としてみると、これほど楽しいことはありません」

 

アイスショーが開催される意味

音響チームスタッフ(「ファンタジー・オン・アイス」静岡公演より)

 楽しみだけではなく、アイスショーが実施されることが重田たちにとって、大会への大きなステップであるとも言う。

「ショーは選手と顔を合わせる時間が競技より長く『音響さん』を認識して貰えます。ですから競技でも『いつもの音響さん』と安心して演技して貰えれば、と思うのです」

 仕事の面でも、またフィギュアスケートに接する喜びという面でも、ファンタジー・オン・アイスを始め、アイスショーが開催される意味の大きさがあった。

 新たなシーズンの本格的な開幕が近づいている。今シーズンは、世界選手権がさいたまスーパーアリーナで開催される。「約300曲」と言う膨大な数の曲を管理することになる。

 7月1日からは「ドリーム・オン・アイス」が控える重田は、最後にこう語った。

「そろそろ役割を次の代に引き継がなければいけません。ストレスのないよう渡していければ。でも2030年に札幌オリンピックがあれば、そこをゴールにしたい気持ちもあります」

「ストレスのないよう」と重田は言った。その言葉に込めた思いを語る。

「『最後の作業を人に託しつつ、間違い・エラーをなくす』。この課題に対する私なりの答えです。『曲を番号管理する』という先人の教えからのヒントで、例えばスイッチもそうですが、再生機のセッティングなど、とにかくオペレーターに不要なストレスを与えない環境を作り、それぞれの一番重要な事に集中してもらう。人に対しても機材に対しても、ストレスを極力排除した形で託す。ここが自分でオペレーションするときのオペレーター席の作り方と大きく違う点になります。オペレーター席の配置にしてもオペスタッフに訊きながら少しずつ改善して作ってきたものです。オペ席だけでなく、あらゆる運営面でストレスを排除して渡す。これが統括の仕事と考えています。それを受けての、次世代へも『ストレスなく』になります」

 好きなことに従事し、真摯に打ち込んできた時間を過ごしてきたからこその笑顔の中に、自身のなすべき役割への深い自覚と責任感があった。

 

重田克美(しげたかつみ)
音響プロデューサー。1987年、(財)ヤマハ音楽振興会開発部スタジオアシスタントとしてキャリアのスタートを切る。以降、録音スタジオをホームグラウンドに音楽録音エンジニアとして活動。2009年、仕事の軸をPA中心の音響業務へ移す(2017年、(株)ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングスに事業吸収)。フィギュアスケートのほかバレーボールのVリーグ、7人制ラグビー、トライアスロンなどの会場音響設計に携わる。