文=松原孝臣 写真=積紫乃
本田武史がフィギュア解説者として重宝される強み(第1回)
バンクーバー五輪、髙橋大輔に本田が放った言葉とは(第2回)
解説者をも圧倒する演技
解説者として、本田武史はフィギュアスケートの大会の模様を伝えてきた。そう、言葉とともに声を大切にしてきた。エキセントリックにならず、でも情感を込めて話し続けてきた。
だから本田の思いが伝わってくることがある。例えば2020年12月に行なわれた全日本選手権、男子フリーの羽生結弦の『天と地と』だ。
最初のジャンプ、4回転ループを完璧に成功させたあとの本田の声は、震えているように感じられた。すると本田は言った。
「ループを降りた瞬間から、ノーミスで滑るなと思いました。どのくらいのレベルのノーミスかは予想しませんでしたが、もう、予想をはるかに超えるノーミスでした。・・・今シーズンはコロナで試合に出られていない、しかもショートプログラム、フリーどちらも新しいプログラム。1人で調整してきたと聞いていたけれどどういう演技をするんだろうと思ってみていたので、気持ちが入ってしまうというか、わっ、すごい、ただただそれだけでした」
試合のあと、羽生と話をしたという。
「和をモチーフにしたプログラムというところに柔らかさと強さを出したかったんです、と言っていました。まさにそれが見えたプログラム。和の曲調に合わせて柔らかい動きをしているけれど要所要所ですごく強い動きを取り入れて、そのめりはりがプログラム全体を引き締めている。解説をやっていて、同じ4分間でも延々と長く感じるときもあれば、もう終わっちゃったの? という選手もいます。今回のプログラムは、まだ行けるでしょう、まだ見たい、という思いになりました。(2005年、NHK杯の)『SEIMEI』もそうですし、(平昌オリンピックの)連覇のときもそうですし、そして今回の全日本の結弦の演技。その場その場で解説をできたことは僕にとって貴重な経験になりました」
そして、こう続けた。
「だからこそ、うまく伝えなければいけないという葛藤も生まれます」
選手に届けたいからこそ、責めない
素晴らしい演技に出会ったからこそ、それをどこまで伝えられたのか。自身にそう問いかける。ときに葛藤しつつ、でも根本の姿勢には揺らがないものがある。
それは次の話に表れている。本田の解説の特徴に、選手の失敗に対して「きつさ」が感じられない点もある。
「失敗したときの気持ちがすごく分かるので、なんで失敗したんだろう、という口調に聞こえるのはすごい嫌だな、と」
そこには、解説者としての出発点ともなった思いがある。それは解説を初めて担うにあたり、参考にしたという五十嵐文男の解説だ。
「いちばんは、もし選手が自分の演技を映像で振り返ったとき、解説の言葉を聴いていて、『あ、こうだったんだ』と思ってもらえるような解説をしたいと思っています。僕自身、現役だった頃、五十嵐文男さんの解説を聴いて、『まあまあいい演技だった、だけどこういうところで細かいミスがありました』という言葉から反省できたので。なんで駄目だったのか、こういうところを注意すればいいんだと思ってもらえれば、という思いはあります」
選手に届けたいからこそ、責めない。そこは、本田のコーチとしての姿勢とも共通するところがある。
「ふだんのレッスンでも、失敗に対してきつくいうことはまったくないですね。態度が悪かったり、練習しなかったのに試合で結果が出ずに悔しがることについては指摘します。『やることやってなくて、悔しいですとだけは言うな』、と」
選手への目線は、次の言葉にもうかがえる。
「全日本選手権の第1滑走から最終滑走まで、もちろんレベルに差はあると思います。ただ、世界のトップ選手でも、第1グループで滑る選手でも、その選手なりのトップレベルを目指してやっていることに変わりはありません。世界で戦えるかどうかではなく、その選手の最大限の演技をすることが大事だと思います」
そしてこう続けた。
「誰であろうと、演技中にあきらめてしまったりしているような選手がいたとしたら、きつくなってしまうかもしれません。でも、何回転倒しても最後まで頑張って演技をする姿があれば、観ている人も応援したくなる演技じゃないですか。そういう姿勢を、声で、声のトーンで、どう表現するかを考えていますね」
印象に残っている選手
数多くのスケーターを、解説の席から伝えてきた。その中で、ここまでに語った以外に、印象に残っている選手は、と問いかけた。
「2016年の世界選手権のミハイル・コリヤダ(ロシア)ですね。練習を見ていて、うまいな、と思いましたし、衝撃的でした。今シーズンはコーチが変わって調子が上がっているのでここから楽しみですね」
もう1人あげたのは、デニス・テン(カザフスタン)だった。
「デニス・テンの演技は毎年感動していました。ソウルで行なわれた四大陸選手権で優勝したときは、プログラムの完成度の高さ、1つ1つの質の高さ、滑りの滑らかさ、どれをとっても、どのピースも加点をもらえる演技でした」
テンは25歳で逝去した。
「アイスショーでも仲がよかったので、心が痛みます」
静かに語る。
いろいろな出来事があって、さまざまな思いがそこに生まれ、それでもシーズンは過ぎていく。来シーズンは、オリンピックイヤーだ。
「どの選手もナーバスになる時期です。僕自身もオリンピック直前はストレスがたまって、緊張して、心と体が合わない状態になりました。4年に一回しかない特別な場所だからこそ、どういう思いでここまで来たのか、言葉で伝えたいですね。特に、毎回そうですが、オリンピックシーズンになぜこのプログラムを、曲を持ってきたのか自分なりに考えて伝えたいですね」
そして続けた。
「アテネオリンピックの体操男子の団体、アナウンサーの刈屋富士雄さんの『栄光の架け橋だ』にすごく感動しました。みんなが気持ちが入って観ているときのひとことって大事だなと思いました。スポーツってそこが感動的じゃないですか。そこでふつうのトーンで言っても面白くないですよね」
声を通してフィギュアスケートの醍醐味を伝える。その追求は止まらない。
本田武史(ほんだ・たけし)プロフィギュアスケーター。現役時代はオリンピックに2度出場、世界選手権で2度銅メダルを獲得するなど日本男子のエースとして活躍。また日本選手として初めて大会で4回転ジャンプを成功させたことでも知られる。引退後はプロスケーターとして活躍し、またコーチとして指導にあたるほか解説者などでも幅広く活動している。