文=松原孝臣 写真=積紫乃

本田武史がフィギュア解説者として重宝される強み(第1回)

2010年バンクーバー五輪、フィギュア男子FSでの髙橋大輔。写真=青木紘二/アフロスポーツ

選手は公式練習からチェック

 プロフィギュアスケーター、コーチとしてのみならず、解説者として、長年、活躍を続ける本田武史。そのキャリアの中には、オリンピックの解説も含まれる。そのときは、長時間、ブースに座ることになる。ショートプログラムは30人が出場し、すべての選手を担うことになる。そのため、6時間弱、席に座る。

「休憩をとれるのは、リンクの製氷作業のときだけですね。時間は15分くらいです」

 仕事は試合の中継だけにとどまらない。

「オリンピックに限らず、どの大会のときでもそうですが、公式練習も見ています。見たら、選手ごとに、どこがいいのか、何が弱い部分なのかをメモしています。見ていると、プログラムの中に間延びしている部分があったりするんですね。曲が盛り上がっているわけではなく、ジャンプもそこで跳んでいるわけではない。そこでひとこと入れると、間を埋める、というわけではないですが、そういうことを考えたりしています」

 公式練習からチェックすることで選手の状態も把握できるメリットがある。

「例えば、練習の状態で絶好調だと分かっていれば、それなのに試合でたまたま失敗してしまったときに、それはなんでなんだろうというところも伝えられる部分になってきます」

 練習を見ておくことの大切さで印象に残っているのは2019年、さいたまスーパーアリーナで開催された世界選手権だ。ネイサン・チェン(アメリカ)が優勝した大会である。

「ネイサン・チェンは調子がよくて、『このままいくだろうな』ということが練習から分かっていました。ただ、ショートプログラムの前のことですが、ずっと4回転フリップの調子がよくなかったので、4回転ルッツに変えてくるんじゃないかと思っていました」

 いざ試合では、ショートプログラムの2つ目のジャンプとして予定していた4回転フリップを、4回転ルッツに変更して成功させた。

「そういうところも練習を見ていることで、『変えてきた』と言えるわけです。練習はしっかり見るようにしています」

2019年、日本で開催された世界選手権、SPでのネイサン・チェン。写真=ロイター/アフロ

アナウンサーとの呼吸も大切

 事前の入念なチェックもまた、解説者としての土台を築いている。

 解説という立場で考えれば、一緒に中継にあたるアナウンサーも重要な存在だ。呼吸が合う合わないは、大きく影響してくる。だから、両者の広い意味でのコミュニケーションも大切になってくる。

「NHKの方、フジテレビの方、みんなやり方が違います。話すタイミングも違うので、その辺は難しい部分ではあります。ただ、絶対にアナウンサーの人と言葉がかぶらないようにしようと心がけています。2人が同時に喋ってしまうと、観ている方は、プログラムの音楽を聴くどころではなくなりますから」

 欠かすことのない練習のチェックにうかがえるように、真摯な姿勢とともに技量に磨きをかけてきた本田は、アナウンサーとのかかわりの中で「鍛えられる」機会もあった。

 それはフジテレビの中継の際、実況を務めるアナウンサーの西岡孝洋氏だ。さまざまなスポーツを担当し、フィギュアスケートでは、2005年の世界選手権から一貫して実況を担当するなど長いキャリアを持っている。

「西岡さんとはずっとやらせていただいています、よくご飯を食べに行くのですが、大会のあとはいつも反省会をやっています。『あのときのこのタイミングの喋りがすごくよく聞こえた』『響きがよかった』『間延びしているときにひとことあると、観ている人も集中できる』とか、いろいろ指摘をいただいてきました。そうした意見を聞いて、いろいろ考えたりもしました」

 それもまた、貴重な時間だった。

 

「駄目なんだ」という気持ちにさせなかった

 その西岡に、「あれはよかった」とほめられた解説中における言葉がある。2010年のバンクーバーオリンピック、男子フリーの髙橋大輔の演技でのひとことだ。

 ショートプログラム3位でフリーを迎えた髙橋は冒頭、4回転トウループに挑む。だが、転倒して失敗に終わった。その瞬間、本田は言った。

「いや、まだここからです。ここからまだ挽回できます」

 そのときを振り返りつつ、本田は語る。

「失敗した瞬間、『もう失敗したから駄目なんだ』と思った人もたくさんいたと思うんです。ただ、今(2003-2004シーズン以降)のルールは、マイナス式じゃなくプラス式です。そのあとに加算していけばそれで巻き返せる。だから、ここから可能性がありますよ、という期待感が出せたんじゃないかと思います。自然に言葉が出ましたね」

 それを西岡氏は高く評価した。

「『駄目なんだ』という気持ちにさせなかったということで、よかったと言ってもらえたのだと思います」

 自然に出た言葉は、髙橋との関係もまた少なからずあったかもしれない。本田は言う。

「そのとき、ジャンプのコーチをしていたので、ここから頑張れよ、という気持ちもあったように思います」

 試合が終わり、髙橋は銅メダルを獲得。日本男子初のオリンピックメダリストが誕生した日を、本田は深く記憶している。(続く)

本田武史(ほんだ・たけし)プロフィギュアスケーター。現役時代はオリンピックに2度出場、世界選手権で2度銅メダルを獲得するなど日本男子のエースとして活躍。また日本選手として初めて大会で4回転ジャンプを成功させたことでも知られる。引退後はプロスケーターとして活躍し、またコーチとして指導にあたるほか解説者などでも幅広く活動している。