文=松原孝臣 写真=積紫乃

すべての工程において「ダブルチェック」

 ヤマハがフィギュアスケートの音響を担ってきた歴史は長い。その間には技術の進化があり、それに対応してきた。大きな変化の1つは、曲の録音形式だ。

 同社の音響プロデューサーの重田克美は語る。

「現在はデジタルメディアですが、当初はオープンリールやカセットテープ、ときにはレコードもありました」

 いわゆるアナログのメディアであったが、最大の問題は、「アナログのテープレコーダーは環境によって回転数が変わる」ことだった。

「そのため、選手の住む国で再生したときのタイムと、日本で再生したときのタイムが異なってくるのです」

 選手は、ルールに沿った演技時間に合わせて音源を製作しているから、再生時間が変われば演技に影響するし、ルールよりも延びれば減点ということになる。

「そのため、一度再生してみて申告タイムとの誤差を計り、申告タイムの通りになるよう再生するスピードの調整をしなければなりませんでした」

 持ち込まれた音源は、現在と同じように再生用にコピーして使用するが、デジタルメディアではないため、コピーするには実時間を要する。とりわけ1994年に幕張で行われた世界選手権は曲数も他の国際大会よりも圧倒的に多かった。

「作業時間は膨大だったそうです(笑)」

 世界選手権に限らず、徹夜が当たり前だったと言う。

「作業は大変でしたが、ヤマハが当時から心がけていたのは、どう正確に音を出せるかです。その意識をもって、私も徹底してきました」

 すべての工程において「ダブルチェック」を行うようにしているという。

「選手からの音源の受け取り、コピーしてオリジナルとの確認など、2人で行うようにすることで間違いのないようにします」

 人だけでなく、機材もダブルとし、2つを連動させて音を出すことで、1台が止まっても曲が止まらないシステムを作った。

 そこには、2014年の、心に残る出来事と、苦い思い出がある。