文=松原孝臣 写真=積紫乃

三井不動産アイスパーク船橋 写真=長田洋平/アフロスポーツ

アイスリンクのエキスパート

 フィギュアスケートが成立するために欠かせないのはスケートリンクだ。

 日々の練習場として常設のリンクがある。その中には季節を問わず1年間を通じて運営されているリンク、季節に応じて運営されるリンクがある。

 大会はこうした常設のリンクに加え、ふだんは体育館やアリーナなどで用いられている会場に一時的に氷を張り、用いるケース、いわゆる「仮設リンク」がある。大会に限らずアイスショーでもそうだ。

 さらには野外などに一時的に開設されるリンクもある。

 常設リンクはスケーターが日々活動するのと同様、毎日のメンテナンスが欠かせないし、大会やアイスショーなどの、仮設リンクであれば、氷を張って期間中維持しメンテナンスする作業が求められる。とりわけ仮設リンクの場合、ふだんは氷と縁のないところをリンクに早変わりさせるのだ。どのように作っているのか、不思議に思うのは自然だ。

 これらの作業を担い、フィギュアスケートにおいて欠かせない役割を担う会社がある。株式会社パティネレジャーだ。仮設リンクの設置や運営、常設リンクの管理、新規スケートリンクの建設などを手がける、まさにアイスリンクのエキスパート集団だ。

 現在、運営管理するリンクは「木下アカデミー京都アイスアリーナ」「埼玉アイスアリーナ」「ひょうご西宮アイスアリーナ」、昨年12月にオープンした「三井不動産アイスパーク船橋」など全国に6カ所を数える。

 これらリンクの運営管理もさることながら、パティネレジャーの業務で際立つのは、体育館やアリーナにリンクを設置し実施された大会やアイスショーでの実績だ。NHK杯、全日本選手権、国内で開催された世界選手権や四大陸選手権、グランプリファイナル、さらには長野オリンピック。

 アイスショーなら「ファンタジーオンアイス」「THE ICE」「サンクスツアー」などなどフィギュアスケートファンならよく知る名前が並ぶ。枚挙にいとまがない。

「スペースさえあれば、スケートリンクを作ることができます」

 同社の飯箸靖孝は言う。リンクを設営する会場との打ち合わせ、現場で行なわれるさまざまな作業の管理、人員の手配など多岐の業務にあたってきた。だからリンク設営を熟知する。

仮設リンクの作り方

 では、仮設リンクはどのように設営されるのか。

 最初に行うのは床に巨大な1枚の防水シートを敷くこと。

「シートは、韓国の業者に1枚にしてもらったものです。少し重ねてつなぎあわせて圧着しています。1枚なので3、40人の人手をかけて敷いていきます」

1枚仕様の巨大な防水シートを皆でいっせいに敷く 
場所=広島グリーンアリーナ 写真提供=株式会社パティネレジャー

 そこに断熱材を敷き、さらにコンパネ(合材)を敷く。これが「床」となる。

防水シートにコンパネ(合板)を敷き「床」を作る 
場所=大阪中央体育館 写真提供=株式会社パティネレジャー

 この上に、さらに防水シートを敷く。何層にもするのには理由がある。

「アリーナや体育館などの床にダメージを与えないことや防水が重要です」

 2007年に東京体育館で開催された世界選手権の際は、この作業をもう1回繰り返し、防水シートを3枚使用したという。

「その頃は今のように1枚のシートとしていたわけではなく現地でくっつけていたので、かなり時間を要しました」

 ここまでの作業が完了したところで、冷却管を敷きつめていく。

冷却管

 冷却管の内部にはマイナス10度以下に冷やした不凍液を循環させる。その上から散水することで水が凍っていくのだが、この作業もまた、手間がかかる。数日かけて昼夜を問わず散水を行ない、厚みを増していく。その厚みは10センチまで行かない。あまり厚くしすぎれば、冷却管から遠くなり、冷えにくくなるからだ。

作り上げた床に冷却管を敷きつめていく 
場所=大阪中央体育館 写真提供=パティネレジャー

 リンクにたくさん敷きつめられた冷却管の行方はどこか、パイプをたどっていくと、屋外に出る。そこに小屋のような建物が見える。ここが機械室で不凍液が冷やされ、パイプで冷却管とつながり循環させている。

リンク面から通されたパイプは屋外の機械室へ 
場所=広島グリーンアリーナ 写真提供=株式会社パティネレジャー

 実はそこにも苦労がある。

「例えば2017年にNHK杯を開催した大阪中央体育館は地下3階にリンク面があります。2018年のNHK杯が行なわれた広島グリーンアリーナもリンク面は1階下です。地上からリンク面までパイプを通さなければいけないので、足場をつたって持っていきました」

広島グリーンアリーナは地下1階にリンク面があったため足場を組んで地上からパイプを通した 写真提供=広島グリーンアリーナ

 何度も設置したことがある会場だと会場の作りやそこでのノウハウも蓄積されているが、広島グリーンアリーナは初めて接する会場だった。

「さすがに2、3回、事前に下見に行きました」

 リンクができれば終わり、というわけではない。期間中は常に管理し、メンテナンスしなければいけない。そのため、終了するまでは24時間、必ず人を常駐させるという。

 整氷車も含め、機材などは長野県軽井沢の工場からピックアップし、会場へ向かう。

「大型トラックで20台近くになります。輸送代もすごいですね」

 と、笑う。

 長年、リンクの設置に取り組んできた。その中では忘れがたい出来事、選手のエピソードなどもあると語る。(続く)

 

飯箸靖孝(いいはし・やすたか)高校3年生のとき松戸市内のスケートリンクでアルバイトを始め、以来スケートリンクに携わる。1995年にリンクの運営管理や仮設リンク設営などを行なう株式会社パティネレジャーに入社。