日銀(写真)の目指してきた物価上昇が達成されようとしているが・・・(写真:つのだよしお/アフロ)

黒田東彦氏が日銀の総裁に就いて10年目。日本はアベノミクスの下で「2%のインフレと2%の実質成長」を追い求めてきたが、いわゆる異次元緩和の狙いはなお達成できていない。日銀で要職を務め、前著『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』で日本の構造を解き明かした神津多可思氏(日本証券アナリスト協会専務理事)が、このほど新著『日本経済 成長志向の誤謬』(日本経済新聞出版)を上梓した。前例のない政策をもってしても成長軌道に向かわない日本経済をどう考えればいいのか。神津氏に聞いた。(聞き手は編集部・高林 宏)

異次元緩和の結果はもう見えている

――世界的なインフレが焦点に浮上し、日本でも4月の消費者物価指数(CPI)が前年同月比でプラス2.1%となりました。消費税率引き上げの影響を除くと13年7か月ぶりの上昇率です。異次元緩和で2%の物価上昇を目指してきた日銀は、エネルギーや原材料の価格高騰を主因とする一時的なものであり、日銀が目指す安定的な物価上昇ではないというスタンスです。

神津多可思氏(日本証券アナリスト協会専務理事、以下、神津氏):CPIで2%のインフレになればいいという単純な話ではなくて、賃金が上がらないとだめなんだとみんなが言ってますよね。

 足下の2%上昇は当初目指していたものとは違う形です。原油価格が上がって、ガソリン価格が上がって……。結果、「2%のインフレになってよかった、よかった」という話にはなりません。

――黒田東彦・日銀総裁の任期切れまで1年を切りました。まだ時間は残っていますが、当初掲げてきた狙いを達成するのは難しそうです。ゴールの設定に無理があったということでしょうか。

神津氏:(黒田総裁の)就任段階で「異次元緩和に意味がない」という議論が私自身にできたかというと、できなかったと思います。でも、もうやってみて結果は見えています。最初に言っていたようにならなかったことは明らかです。

神津 多可思(こうづ・たかし)氏 公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事 1980年東京大学経済学部卒、同年日本銀行入行。金融調節課長、国会渉外課長、経済調査課長、政策委員会室審議役、金融機構局審議役等を経て、2010年リコー経済社会研究所主席研究員。リコー経済社会研究所所長を経て、21年より現職。主な著書に『「デフレ論」の誤謬 なぜマイルドなデフレから脱却できなかったのか』(日本経済新聞出版)がある。埼玉大学博士(経済学)。(写真:都築 雅人)

 10年やってきて、できると思っていたことができないんだから、やっぱり何か思い違いがあるはず。これから何かやるときには、何が思い違いだったのかをよく考えて次のステップを踏むべきです。

 「デフレ」が問題だと言われてきましたが、みんなが望んでいたのは「デフレがなくなること」ではなく、「経済がいい状態になっていくこと」です。だから今回まとめた『日本経済 成長志向の誤謬』では、デフレの話から一歩踏み込んで、いい状態の経済とはどう考えればいいのかに議論を進めたわけです。

――「誤算」でも「誤り」でもなく、「誤謬」という言葉を使ったのは?

神津氏:私が主張したいのは「デフレを解消しなくても良い」ということでも、「成長を志向しなくても良い」ということでもありません。

 そうではなくて、デフレを巡る議論の道筋や、成長を実現しようとしている議論の道筋がこんがらがっている。そういう意味での誤謬なんですね。その向こう側に「今の状態では満足できない」というフラストレーションがある。その不満の本質を考えてみました。