「前進拠点」が一転して「孤立無援」に
また前述のように「海に浮かぶSAM基地」と期待した「モスクワ」がまさかのSSM攻撃により海没。このためロシア側が構想した「ウクライナ南部上陸作戦」も絶望的になった。同艦は長距離SAMと高性能対空レーダーがウリで、上陸作戦を援護するため、接近するウクライナの航空機やSSMを迎撃する重責を担っていた。
だが「モスクワ」を喪失したままで上陸作戦を強行するのはあまりにも無謀で、ネプチューンの射程内(約300km)に入ることは危険すぎる。結局ロシア艦船はウクライナ沿岸から遥か遠方に下がらなければならず、ネプチューンの射程内にある蛇島への補給も覚束なくなっていく。「モスクワ」亡き後は、ウクライナ軍用機による島への攻撃は活発化し、補給のため島への接近を図ったロシア軍のヘリコプターや揚陸艦艇が次々に撃墜・撃沈されているようだ。
「モスクワ」と同性能の艦艇が黒海艦隊には他になかった点もロシア側には痛かった。しかも、他のミサイル巡洋艦を黒海に急派したくてもできない。第2次大戦以前に締結した「モントルー条約」があるからで、黒海で紛争が発生した場合、黒海と地中海を結ぶボスポラス・ダーダネルス両海峡を、いかなる軍艦も原則的に通れないと国際的に決められている。
ドナウ河を使った穀物輸送、「目の上のコブ」を排除
紛争勃発直後は首都キーウすら陥落しかねない状態だったため、南端の小島の奪還を後回しにしていたウクライナだったが、自国軍の善戦で今年5月頃には戦線がほぼ落ち着き、また西側からは武器・弾薬が続々と到着したため、ゼレンスキー政権にある種の余裕が出てきたのも事実。そこでいよいよ懸案の蛇島の回復に乗り出そうと考えても不思議ではない。
また、ウクライナはもちろん、世界にとっても深刻なのが「穀物供給のストップ」の状況で、1日でも早く回復させたいところだろう。同国は穀物、特に小麦の一大輸出国だが、紛争勃発以降、産出した穀物の船積みは足止め。昨今の世界的な食糧価格高騰の元凶にもなっている。周知のとおり、今後世界的な食糧不足に陥ることが確実視され、特にアフリカの途上国では大飢饉が発生しかねない。
2019年のウクライナの小麦生産量は約2800万トン(世界7位)、うち約1300万トンを輸出に回しこちらは世界5位である。この他大麦やヒマワリの種(食用油の原料)、トウモロコシ、大豆なども世界有数で、「欧州のパンかご」とも呼ばれる。
穀物輸出の大半は同国最大の貿易港・オデーサなど黒海やアゾフ海に面する港から行われ、巨大なバルクキャリア(バラ積み船)を使った海運で出荷される。
ところが紛争開始後ロシア軍はこれら港湾を占領・攻撃したり、周辺海域に機雷を敷設したり、さらには軍艦や軍用機で航行を阻止したりするなど海上封鎖を展開し、ウクライナ産穀物の船便はストップしたまま。一部報道では、前年の繰り越し分も含め2200万トンの小麦がウクライナ国内に留め置かれた状態だという。しかも昨年秋に作付けした冬小麦が数カ月後に収穫時期を迎え、少なくとも1000万トンの小麦がさらに在庫として積み上がるという。
これらを何とかさばこうと、目下貨物鉄道を使ってポーランド経由で北海の港まで輸送する代替ルートを模索中だが、船便に比べて輸送コストが割高で輸送量も少なく、線路幅も異なるため直通運転が不可能で途中で荷物の載せ替えが必須。貨車や施設も限られ、大量輸送には限界がある。
このため、現在有望視されるのがドナウ河を使った船便だ。この河は欧州屈指の国際河川でバージ(はしけ)や河川用貨物船による水運が発達している。ウクライナ側の河畔にもキリアなど数カ所の河港があり、一部には鉄道も通うなど輸送インフラも比較的整っている。
ここまで鉄道・トラックの陸路で穀物をピストン輸送し、バージや貨物船に載せた後、ドナウ河を下って黒海に出た後は、ロシア軍の攻撃を避けるためルーマニア領海内の航行をひたすら続け南下。最終的に同国最大の貿易港・コンスタンツァに入港し、巨大バルクキャリアに載せ替えて海外へ──という物流ルートである。多少手間はかかるものの鉄道よりも大量に運べ、輸送コストも安く済む。
そうなると、「目の上のたんこぶ」なのが、航路のすぐそばに浮かぶ、ロシア軍に占拠された蛇島である。前述のように、駐留するロシア軍部隊は劣勢にある。そこで、「いよいよウクライナによる奪還も秒読みか」と推測されているのだ。