「交差点に浮かぶ球体」は正解か?

 そして、私が想像した「交差点に浮かぶ見えない球体」は正解なのか。新建築の文章(板屋氏執筆)から、それに関係していそうな部分を引用する。

「80m2という極端に小さな台形の敷地からの圧力は、理想的な類型を拒む方向に働くが、それらを局部的に変形させることで敷地に対応させるのではなく、かつての広間の理想形が切断面となる。

 その切断面には、事物の持続、あるいは事物の緩やかな消耗が想像されるように、建築資材がそれ自身にために現れることを期待する。」

「かつての広間の理想形が切断面となる」という部分が巨大球体を意味しているようにも思えるが、よく分からない。まるで謎解きのよう。こういう“あえて伝わりづらくしている文章”が当時はすごく嫌いだったのだが(文系出身なので)、今となっては当時の建築界の雰囲気を象徴しているようで懐かしい。

雑誌によって「文体」を書き分け

 この建物が今はなき『建築文化』にも載っていることを発見。そちらはもっと謎解きのよう。

「この交差点の場所は、80m2という極端な台形の角地に残っている建物の断片から判断すると、上部がドーム屋根で覆われた広場であったのだろう。

 現在の、地階から2階までの基部と、その上の8階までのドラムとドームの部分は、それらの接続箇所のあり方から判断すると、異なる時代に築かれたものだろう。そして、かつての地盤面レベルはもっと高かったのだろう。」

 さすがは建築「文化」。自分が設計したものを「だろう」と考古学者の視点で考察してしまうところはもはや文学。今の若手が読んでどう思うかはさておき、この感じも実に懐かしい。

 とはいえ文章の意味はやはりよく分からないのだが、この記事にはヒントとなるスケッチが掲載されていた。交差点上に、大きなドーム屋根を持つ広場を重ねて描いたものだ。どうやら巨大球体の一部を切り取った形状をイメージしたものであることは間違いないようだ。

 これらのことを図書館で調べていたら、たまたまこんな本を発見。

 タイトルがまさに『アーバンスモールビル』(建築設計資料29巻、1990年刊)。そして、表紙がフラグメント・ビルディング!

『建築設計資料』はノウハウ書なので、板屋氏の説明文も分かりやすい。

「全体を、事務所部分のSRCの基本的な骨組と、前面道路側のRCのカーテン・ウオール状の壁によって構成している。設備は、将来にわたって可変であるようにと、そのルートはできるだけ露出し、部屋に面する末端は、しっくいで塗られたブースに丁寧に納めている。」

「このビルが建つ交差点のエリアを、かつては空間化されていた「広間」であったと設定し、その切断面が立面図になるような、環境的な外観を想像した。このような全体に対して細部が特定の雰囲気や印象を現さないようにと、ディテールは一見、無造作である。」

 今の若手建築家が書くような、分かりやすい文章である。こういうふうにも書けるのか……。文系目線で言うと、媒体の性格によってこんなに書き分けられる技術はすごい。そして、当時の若手建築家が、1つの小規模ビルを通してあらゆる層に自分を発信しようとしていたエネルギーが、この書き分けからうかがえる(念のため言っておくと、当時は誰でも発信できるWebやSNSはなかった)。

 このビル、上部は賃貸オフィスだが、地下1階に、柱廊からも見える「TIPTOP」というバーがある。どうやら竣工時からあるらしい。

 一度、このバーで一杯やってからリポートしようと思っていたのだが、ちっとも自粛期間が明けないので、やむなく外観だけでのリポートとした。

所在地:東京都豊島区池袋2-53-10

◎本稿は、建築ネットマガジン「BUNGA NET」に2021年8月26日に掲載された記事を転載したものです。

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