確かに大きなメリットなのだと思う。
しかし同時に、この社会信用システムはウイグル人への抑圧にも悪用されている。そしてウイグル人に対する監視はもっと徹底的だ。本書ではその監視の細部が実にこと細かに描かれ、圧巻としか言いようがない。
包丁の購入までを監視
先に紹介した「予測的取り締まり」では、娯楽施設やスーパーマーケット、学校、宗教指導者の自宅などあらゆる場所に顔認証カメラや暗視できる赤外線カメラを設置。人の出入りが管理されている共同体の訪問者管理システムや地域の検問所などからクルマのナンバーや市民の身分証明書番号なども取得し、さらには一帯で使われている無線LANのエリア内にあるすべてのパソコンやスマホの機器固有アドレスを収集できるシステムまであるのだという。これらの膨大なデータから、AIが犯罪容疑者や将来の犯罪者候補をピックアップし、治安当局の担当者にプッシュ通知。それをもとに警察官が戸別訪問したり、移動制限したりするなどの措置をとる。
そして「信用できる規準を満たしていない」とされたウイグル人の家庭には、住宅内にまで監視カメラを設置するよう命じられている。なんと電機店で自腹で購入させられ、勝手にいじったり、電源を切ったりすることができないようにプラスチックのカバーをかぶせて設置するという念の入れようである。
さらに驚くのは、刃物によるテロ攻撃を避けるため日用雑貨店で売られている包丁まで管理しているというエピソードだ。包丁を買った人の顔写真と住所氏名、民族などのデータへのアクセスをQRコードに変換。これを包丁の刃に刻印できる数十万円もする装置を、小さな店舗でも導入が義務づけられたのだという。すさまじいばかりの徹底であり、すでに映画「マイノリティ・リポート」の設定を超えてしまっている。
刃物は人を殺すのにも使えるが、素晴らしい料理をこしらえることにも使える。それと同じようにテクノロジーはつねに諸刃の剣である。AIとデータによる監視をもとにした社会信用システムが中国社会に信頼を回復させているいっぽうで、同じテクノロジーが恐ろしいばかりの弾圧にも使われている。
「良いテクノロジー」「悪いテクノロジー」があるわけではない。テクノロジーには意識や倫理はなく、わたしたちがそれをどう使いこなすのかにかかっている。本書が描く新疆での実態は、その二面性の問題をリアルに鋭く突きつけてきている。

佐々木俊尚
作家・ジャーナリスト。総務省情報通信白書編集委員。エフエム東京放送番組審議会委員。情報ネットワーク法学会員。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社に入社。99年にIT系出版社に移籍し、テクノロジー分野に取材の軸足を移す。2006年、「アルファブロガー・アワード」受賞。10年『電子書籍の衝撃 本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』(ディスカヴァー携書)で「大川出版賞」受賞。著書多数、最新刊は『現代病「集中できない」を知力に変える 読む力 最新スキル大全』(東洋経済新報社)。
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