北京五輪に影落とす「彭帥事件」
こうした「愛される中国」に逆行するかのような先鋭的な言論のみならず、最近の中国の動静には不可解なタイミングの悪さも目立っている。
岸田文雄首相が、人権侵害に関与した外国当局者らに制裁を科せる「日本版マグニツキー法」の制定を当面見送る方針を固めたことが報じられたのは11月16日。
香港の民主派や、新疆ウイグル自治区のウイグル族に対する人権弾圧をめぐって欧米が中国への圧力を強化するなか、日本政府は外為法など既存の法を活用し、資産凍結や入国制限を可能にする方策を模索することによって欧米と足並みをそろえることを目指し、あえて新法を制定しないことで過度に中国を刺激することを回避し、対中外交の選択肢をより多く残す狙いがあると目された。
しかし、同報道直後の17日夜には、中国海軍の測量艦1隻が鹿児島県沖の領海に侵入したことを海上自衛隊の哨戒機が確認しており、防衛省は19日、同事案を発表。領海侵入は2017年7月以来4回目で、日本政府は外交ルートで中国側に「懸念」を伝えたが、19日には中国・ロシアの爆撃機各2機が共同で日本海から東シナ海にかけての上空を「合同警戒監視活動」と称して飛行。航空自衛隊の戦闘機が緊急発進して警戒監視にあたるなど日本側に緊張が走った。
日本版マグニツキー法の制定を見送り、第二次岸田内閣の外相に日中友好議員連盟会長であった林芳正氏を起用した岸田首相は、こうした対中配慮をことごとく踏みにじられ、面子を潰されたかっこうで、「日本が中国に配慮しても中国側に対日配慮などは期待できない」と、批判を浴びる結果となった。
また、日本一国にとどまらず、国際社会で波紋を広げたのは、女子テニスの元ダブルス世界ランク1位の彭帥(ほうすい)選手が一時所在不明となった問題だ。
彭氏は11月2日深夜、交流サイト「微博」上で、前副首相の張高麗に性的関係を強要された体験を、生々しい状況描写もまじえて告白。投稿は直後に中国当局によって削除されたものの、衝撃的な内容は世界中に拡散された。さらに一時、彭氏の所在が不明となったことから大坂なおみ氏、セリーナ・ウイリアムズ氏などの著名テニス選手らが安否を気遣う声をあげたことから国際的な話題となった。
結局、これを打ち消すかのように国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長によるテレビ電話での彭氏との会話が実現したものの、バッハ氏が中国側に彭氏の自由を保障するよう求めなかったことから、IOCは来年2月4日開幕の北京冬季五輪の開催国を守ろうとしている、との批判が沸き起こったのは記憶に新しいところだ。