そうした実績があるため、建築業界では、安藤忠雄氏や隈研吾氏のような“スター建築家”にも引けをとらない評価の高さだ。しかし、ここで山梨氏を“スター建築家”と呼ぶのはやや違和感がある。

「建築家」という言葉は、実は明確な定義のない言葉で、実態としては安藤氏や隈氏のように「個人の名を冠して設計活動を行う設計者」を指すことが多い。2000人規模の大企業に所属する会社員である山梨氏に「建築家」はしっくりこない。建築業界では、100人を超えるような大規模な設計事務所を「組織設計」と呼ぶので、ここでは山梨氏を“組織設計のカリスマ”と呼びたい。

国立競技場で幻のザハ案が実現していたら…

 カリスマ・山梨氏には残念ながら、「東京ドーム」や「東京スカイツリー」のような、誰もが知るプロジェクトがない。しかし、もし実現していたら、日本国民全員が知ることになっていたであろうプロジェクトがあった。「国立競技場」(当時は「新国立競技場」)の当初案だ。

新国立競技場(ザハ・ハディド改良案)の完成イメージ(新国立競技場ホームページより)

 日建設計は、2015年7月に「白紙」となった新国立競技場旧整備計画の設計チームの中心メンバーだった。ザハ・ハディド・アーキテクツは「デザイン監修者」という立場でプロジェクトに参加し、日本側の日建設計・梓設計・日本設計・アラップ設計共同体とチームを組んで設計作業を進めていた。山梨氏は日本側のリーダー的役割だった。

「たられば」に意味はないとは思うものの、もしザハ案で完成していたら、日本の技術力を世界に広く発信することになったことは間違いない。さまざまな点において、大規模競技施設の常識を打ち破るプロジェクトだった。

 そして、もし「プロジェクトX」のようなドキュメンタリー番組がこれを取り上げるとしたら、きっとザハ・ハディド氏ではなく、日建設計を中心とする設計チームの奮闘にスポットを当てたと思う。あのSFのようなイメージ図を描いた人よりも、どうやってそれを現実に着地するものにしたかの方がドラマにしやすい。いや、プロジェクトは実現しなかったが、今からでもその奮闘はドラマになるのではないか。これを読んだテレビ制作関係者はぜひ検討していただきたい。

右がもう1人のCDO、大谷弘明氏。日建設計CDO 常務執行役員。1962年生まれ。山梨氏(左)と同期入社で、山梨氏は東京、大谷氏は大阪を拠点に活躍している。日建設計の代表作の1つ、「パレスサイド・ビルディング」(1966年完成)の屋上にて

 今回は山梨氏1人を取り上げたが、実は、山梨氏とともに「日建デザインゴールズ」のとりまとめ役を務めた大谷弘明氏(日建設計CDO 常務執行役員)も、負けず劣らずの個性派カリスマだ。そちらは拙著『誰も知らない日建設計』をお読みいただきたい。

 次回(第3回)は巨大設計組織・日建設計に生まれつつある新しい動きを紹介する。
「凍結保存」を超える京都市役所庁舎の「再生」とは
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67792

『誰も知らない日建設計 世界最大級の設計者集団の素顔』
著者:宮沢 洋
価格:2750円(税込)
ISBN:978-4-532-32442-1
発行日:2021年11月19日
発行:日経BP日本経済新聞出版本部
ページ数:184ページ
Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4532324424/
日経の本:https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/32442