いったんビジネスがアンバンドル化されると、統合型のビジネスを手掛けていた企業は一気に力を失います。統合して全体を調整していく強みが、一気に無力化・負債化するからです。
コダックは、ビジネスを何としてでも「統合型」として成立させるように仕掛けていきますが、それは川の流れを素手で押し止めようとするようなもの。自然の摂理には敵いません。
結果的には、その流れを止めることができず、アンバンドル化の過程で崩壊していくのです。もちろん、コダックの思慮が足りなかったという側面もあるかもしれませんが、私たちは後日談をベースにこの事例を笑うことはできません。優秀な人材はたくさんいたでしょうし、彼らによるビジネスの分析も行われていたはず。デジタル化に真っ先に踏み込んだ通り、デジタル化の未来を予測し、最も脅威を感じていたのはコダックだったのかもしれません。
しかし、それ以上に、コダックには「保守派」「守旧派」と呼ばれるステークホルダーが多く存在していました。銀塩周りの写真品質にこだわる技術者や、現像に関わる販売店など、従来のコダックのビジネスモデルによって潤う人たちはたくさん存在したのです。このような技術的転換点において、経営者はジレンマに陥り、そして、ジレンマは「希望的観測」を生み出します。「こうなってくれた方が私たちにとって強みが活かせる」「この方が私たちに都合が良い」という願いが冷静な分析を打ち消していくのです。
創業者のジョージ・イーストマンが考えたように、この当時の経営陣もビジネスを「ゼロベース」で考えるべきだった、というのはその通りでしょう。しかし、実際の経営は、こういったジレンマに伴って湧き上がってくる「希望的観測」を黙らせないと前に進まないというのが現実。コダックはその向き合い方に失敗したのかもしれません。
私たちが学べること
このコダックの事例は、経営のイシューとしても捉えることができますが、個人のキャリアとして考えても多くの示唆を含んでいます。
過去の成功を受けて、当面は収入に困らない仕事がある。そしてその収入をベースにしながら、養うべき家族がある。しかし、中長期的には技術転換があり、その仕事がなくなる可能性がある……。こんな風に置き換えてみると、この意思決定の難しさに対するリアリティを感じられるのではないかと思います。
「仕事を変えたくない」「変わりたくない」という気持ちが、「これだけ一生懸命にやっているのだから、このままでも何とかなるかもしれない」という希望的観測を生み、徐々に危機意識が麻痺していくのです。
もちろん、当人は、そうやってキャリア形成に失敗した先人たちのストーリーも知っているのですが、「その件は自分には当てはまらない」と思っている。コダックの経営陣もそんな心境に似たような状態だったのかもしれません。厳しい状態に置かれた時に常に湧き上がってくる「都合の良い希望的観測」にどう打ち勝っていくか。そこに万人に通用する絶対解はありません。
しかし、このような先人たちのジレンマを知っておくだけでも、客観的に考えるきっかけをもたらしてくれるのではないでしょうか。
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以上、一度成功した企業が、重要な戦略変換のタイミングで二の足を踏んで変われずに倒産してしまったパターンとして、コダックの例を紹介しました。
次回は、トップと現場の距離感が離れ過ぎていて、組織としての機能不全が理由で倒産に至った例として、タカタを取り上げます。
タカタ“巨大リコール”を生んだ14年前の時限爆弾
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67235
また、新製品や新サービス、もしくは新規事業の「失敗」に焦点を当てた続編『世界「失敗」製品図鑑』が10月14日に発売されました。
本書からの抜粋記事はこちら。
パブリカの手痛い失敗があって生まれた“世界一”
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67269
重要な転換点で最悪の手を打ったネットフリックス
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/67270