がんに罹患した時には治療を受けながらどんな生活を送ればいいのか、やってはいけないことは何だろうかと不安を抱えながら、治癒に向けて少しでもプラスになることをしたいと思うものだ。中でも食事は日常のことなので、何か効果的な食事療法があれば・・・と考える人は多い。がんサバイバーの筆者も「肉をやめて玄米食にしたほうがいいですか」と聞かれたり、「糖分ががんを大きくするから食べさせたくない」と相談されたりしたことがある。

「よかれと思って実践した食事療法が、かえって苦痛をもたらしたりQOL(生活の質)を下げたり、治療にマイナスの効果をもたらすこともあります」と緩和ケア医の大津秀一氏は言う。では、どんなことに気をつければいいのか、多くのがん患者を診てきた大津氏に聞いてみた。(聞き手・構成:坂元希美)

「糖質はがんのエサになる」は本当?

――がん患者やその関係者は悪いものを食べたくない、少しでも治療にプラスになる食事をしたいと悩む人が多いですね。よく耳にするのが糖質制限食や菜食などです。

大津秀一(以下、大津) 肥満や糖尿病ががんに罹患するリスクになるという情報から飛躍して、糖質を筆頭に「悪そうなもの」を制限すると考えがちになるのではないかと思います。しかし、一般的に「健康的」とされる食事と、病気治療中の体に適している食事は必ずしも一致しません。病気でない時は肥満にならないように糖質を控えるのはいいことですが、それががん治療にも同じようにプラスになるわけではないのです。

「糖質はがんのエサになる」という説はよく見聞きしますが、科学的な根拠はありません。ワールブルグ効果やPET検査の仕組みを根拠にする人もいますが、誤解です。きっとがん細胞が糖をパクパク食べるイメージがあるのでしょうが、現在のところ「糖がもっぱらがんの栄養となり、その進行を早める」とは確認されておらず、糖質制限などの食事療法ががん治療にプラスになるという臨床的な効果も、まだ見つかっていません。

大津秀一:緩和医療医師・作家。早期緩和ケア大津秀一クリニック院長。緩和ケアに関する著書も多い。(撮影:URARA)

 実は「糖質はがんのエサになる」説は世界的に蔓延している誤解で、海外の医療機関のウェブサイト等でも「関係ない」と説明されています*1

 体の中ではがん細胞だけでなく、正常な細胞も糖をエネルギー源としています。極端な糖質制限をすると正常な細胞も活動するエネルギーが足りなくなって、補充のために筋肉をアミノ酸に分解して糖を作り出さなくてはならなくなります。そうなると筋肉の量が減少し、痩せて体力を奪ってしまってがん治療にとっては逆効果になるかもしれず、慎重にするべきという論調が多いですね。

*1たとえば、アメリカのメイヨークリニックのサイトには「がんの原因と都市伝説」というページがあり、「食事中の砂糖と癌との関係の誤解」を説明している。
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/cancer/in-depth/cancer-causes/art-20044714