信長は負け戦が描かれなかった
『信長公記』について補足をすると、これも曲者な資料です。
著者の太田牛一は織田家中の人ですから、もちろん信長贔屓に書いている。信長が負けた合戦、特に無様な負け方をしたら絶対書かない。
有名な、謙信と信長の家臣が戦い、上杉陣営が勝利した天正5年(1577)の手取川の戦い。これ『信長公記』には全く書かれていないんですね。
信長のことを悪く書かない記録なので、これをもとにデータをつくることはできません。きっと記録に残っていない合戦が無数にありますから。
これはどの武将にも当てはまることで、正確なデータはどうやっても作りようがない。謙信みたいな野戦名人でも戦勝率というのは参考にならない。
例えば今のスポーツであれば明確に勝ち負けがわかるし、どこでいつやったのか、統計すれば野球選手の打率のデータもわかる。しかし現代でも世界の紛争地域で、紛争を指揮した戦争指導者の特定と勝敗の評価を誰か定量化できますか。無理ですよね。
戦勝率だけを基準にするのは悪くないけれど、このように正確ではない。どうかと思うわけですね。戦勝率というのはあくまでのイメージであって、事実ではないんです。ただ、現在知られる戦績も、「象徴」という範囲の中では、これからも有効なのかなと思います。
近年、肖像画も遺品もない武将たちをテレビ番組やネットの愛好家たちが取り上げるときに、コーエーテクモのゲーム画像をビジュアルイメージとして使うことが増えています。戦績データというのも、こういうものなんじゃないかなと思います。適切な用法を考えながら接したいですね。
<構成・写真:日野空斗>