(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
韓国の文在寅大統領の外交については、これまでも国内外から様々な批判がなされていたが、ついに韓国外交の「元老」からも「人・手続き・政策がないトランプ外交とそっくりだ」と、厳しく批判される事態となっている。
文政権の外交の拙さを指摘したのは、高麗大学名誉教授(元総長)の韓昇洲(ハン・スンジュ)氏だ。金泳三大統領時代に外務部*1長官、盧泰愚大統領時代に駐米大使を務め、韓国外交の生き字引的存在である。
*1 現在の外交部の前身。外務部は1998年2月に外交通商部に名称変更、さらに2013年3月に外交部と産業通商資源部に改編された。
文在寅外交の最大の成果は、2018年にシンガポールで、そして翌19年にハノイで、トランプ大統領に金正恩総書記(当時委員長)とのトップ会談を実現させたことである。
しかし、文政権は会談実現のために、トランプ氏、金正恩氏の双方に対して虚言を弄していた。会わせたまでは良かったが、文氏の虚言はすぐさま明らかとなり、結局双方から不信を買い、ハノイでの首脳会談決裂という失敗を招いた。その後も米朝両首脳の文在寅氏に対する不信感は消えず、「仲介役不適格」の烙印を押されることになってしまった。
そうなった原因は、文在寅大統領の「トランプ氏とそっくり」の外交スタイルにある。その文在寅氏の外交は現在では韓国民の信頼さえ失っている。そこで韓昇洲氏の指摘を交えつつ、文在寅外交を点検してみたいと思う。
文在寅大統領の「三無外交」
外務部長官や駐米大使を務めた韓昇洲氏は最近、『韓国に外交はあるのか』という本を出版した。中央日報はその機会に韓氏のインタビューを行っている。
実は韓氏はわたくしが韓国で最も尊敬する人物の一人である。同氏が外務部長官に起用されたのは金泳三政権時、駐米大使を務めたのは盧武鉉政権時代である。いずれも進歩系の政権だ。つまり韓氏は、文在寅氏の外交を従来から批判し続けている保守側の論客ではない。
かねてより同氏の見識は韓国内で高く評価されてきたが、進歩系人脈の連なる韓氏の「文政権の外交批判」が持つ意味は非常に重い。今回の著書も韓国の世論に大きな影響を与えるだろう。これを機に文在寅外交の実像が明らかになることを願いたい。
さて「朝鮮日報」によるインタビューの中で韓氏が述べたところによると、トニー・ブリンケン米国務長官がニューヨーク・タイムズへの寄稿で「トランプ外交には人も手続きも政策もない」と批判したが、韓氏はそれに倣って、「韓国も同じ」と見ているようだ。「文在寅外交には人・手続き・政策はないがコードはあるので『三無一有』」という。
「コード」とは、自分と気が合うかどうか、ということだ。そのコードに基づいた人材起用だけしかしないというのであれば、なおさら劣悪な外交にしかならない。