(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
ソウル中央地裁(裁判長:キム・ジョンゴン部長判事)は1月8日、故ペ・チュニさんら元慰安婦12人が日本政府を相手に起こした損害賠償訴訟で、原告1人あたり1億ウオン(約950万円)の支払いを命じる判決を下した。
キム部長判事の思想傾向について筆者は知らないが、同氏は48歳。文在寅猛烈支持層である586世代(1960年代生まれで、80年代の民主化闘争に関わった50代)の少し下の年代である。
裁判長が訴訟指揮権を積極的に活用
今回の裁判は、「結論ありき」の裁判だったようだ。
韓国ニュースサイト「WOW!Korea」によれば、キム部長判事は原告側の主張と提出した証拠に満足せず、1次弁論で「主権免除*1が適用されないという被害者側の主張に対し『イタリアのフェリーニ事件*2判決など原告側の主張を裏付ける判例、文献、論文で準備書面を補強してくれ』と要請した」という。
また、元慰安婦の共同生活施設「ナヌムの家」に保管されている被害者本人と周囲の人間の陳述書、第三者の証言資料、女性家族部に提出された書類等具体的な証拠の詳細を指定して、不備の補完を要求した。
*1 主権国家およびその機関が,その行為あるいは財産をめぐる争訟について,外国の裁判所の管轄に服することを免除されること。
*2 2004年、イタリアは、第二次世界大戦当時にドイツに連れていかれ強制労働させられた自国民が提訴した裁判で、ドイツ政府の賠償責任を認めた。今回、韓国の裁判所は、このイタリア最高裁の「フェリーニ事件判決文」などを「主権免除」を認めない根拠とした。ただし、フェリーニ事件については、後に国際司法裁判所がイタリア最高裁の判断を覆す判決を下した。
国際司法裁判所へ提訴できれば日本勝訴の見込みが大
判決において、キム部長判事は、日本政府側が主張する主権免除は「恒久的で固定的な価値ではなく、国際秩序の変動によって修正され続けている」としたうえで、「韓国憲法や国連人権宣言なども(被害者が)裁判を受ける権利を宣言している」と述べ、「反人権的行為に対し国家免除(主権免除)を適用したら請求権がはく奪され、被害者は救済されない」とした。
韓国では、こうした論理は一部国際法研究者らも唱えているが、相当数の専門家は今回の判決は国際司法裁判所(ICJ)の判例とは合致しないと見ている。「『反人権的犯罪』で主権免除を排除した他の事例もあまり見つからない」というのだ。それも当然だろう。今回の判決は、法理を捻じ曲げ、「元慰安婦側勝訴」のため無理やり理屈を構成した側面が強い。
今回の判決を受け、自民党内ではICJへの提訴を検討すべきとの声が上がっている。実現すれば、「日本が勝訴する可能性が高い」とする専門家のほうが多いのだが、ICJは「紛争当事者間の合意」が審理開始の前提だ。それだけに韓国側がICJでの審理に応じる可能性は極めて小さいと言える。