今回の騒動を行政改革の突破口に

 しかし今回の騒ぎは唐突だった。菅首相の目的が学術会議の改革なら、制度設計を総合科学技術・イノベーション会議などで議論し、それをベースにして学術会議に提案するのが普通だが、今回はいきなり内閣が人事に手を突っ込む形で始まった。

 その人選も、任命されなかった6人全員が「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者で、そのうち2人が安保法制に反対する「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人、3人が民主主義科学者協会(共産党系)の元理事である。安保法制に反対する学者を排除する政治介入と批判されてもしょうがない。

 その後、自民党が学術会議を改革するプロジェクトチームをつくったり、河野行政改革担当相が「学術会議も行革の対象だ」と述べるなど、政府・自民党の連携をうかがわせる動きもあるが、これは後付けだろう。

「推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えない」という内閣法制局の国会答弁は、1983年の「推薦をしていただいた者は拒否はしない」という答弁と矛盾しており、国会ではもたないのではないか。

 菅首相は10月12日の記者会見で「99人の名簿しか見ていない」と口をすべらせ、あわてて加藤官房長官が「105人の名簿は決裁文書に添付されていた」とフォローしたが、その後「任命できない人が複数いると事前に説明を受けた」と前言撤回するなど、話が二転三転している。

 今回は学術会議が推薦名簿を提出したのが8月31日、内閣府が99人の名簿を起案したのが9月24日ということになっているが、菅内閣が発足したのは9月16日。1週間あまりで菅首相が判断して6人を落としたとは考えにくい。実質的に判断したのは杉田和博・内閣官房副長官(内閣人事局長)だといわれているが、これも奇妙な話である。学術会議の所轄は内閣府であり、内閣人事局の担当ではない。

 今回は官邸が定員より多い名簿を要求した形跡はない。これが今までとの最大の違いだが、官邸の混乱した対応とちぐはぐな答弁をみると、わざと欠員を出して論議を呼ぶ作戦とは思えない。安倍首相が8月29日に突然、退陣を表明したため、自民党総裁選挙や組閣などのドタバタで、学術会議と事前協議する余裕がなかったのではないか。

 しかし問題の本質は、こういう手続き論ではない。学術会議はたびたび独立性を高める改革を提言されたのに、それを拒否して独立行政法人にさえならなかった。本当に人事の独立性がほしいのなら、なぜ内閣府直轄で首相の任命を受ける制度を変えなかったのか。それは「国営」の権威で科研費などを配分するためだったのではないか。

 学術会議はこの問題から逃げて「行政改革は論点のすりかえだ」と逃げているが、それこそ論点の矮小化である。政府の対応にも問題があるが、学術会議も自浄作用を示すべきだ。人事介入がいやなら、今まで何度も提言されたように民営化して独立し、委託研究費や寄付で運営すればいいのだ。それが欧米のアカデミーの制度設計である。