(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 日本銀行総裁に、植田和男氏が内定した。彼の名前が出た2月10日に、外国為替市場は一時1ドル=130円まで円高に振れたが、その後は円安に戻り、本稿執筆時点では1ドル=134円近い。このマーケットの迷いが、日銀の直面する問題の難しさを示している。

 為替が円安に振れているのは、日銀のYCC(長短金利操作)が長く維持できないと見ているからだろう。インフレ率は4%を上回り、2%のインフレ目標は超過達成された。それでもYCCがやめられない原因は、金融の問題だけではない。

黒田総裁は大胆さが足りなかった

 植田氏は審議委員だった時期に、将来インフレになっても引き締めないと約束する時間軸政策を考案した。これは黒田総裁の「期待に働きかける」政策の先駆だったが、不発に終わった。植田氏は2005年の著書『ゼロ金利との闘い』で量的緩和の効果を検証し、次のような結論を出している。

 資源配分への悪影響、中央銀行の財務状態をへの配慮等を無視してよければ、デフレの克服はたやすい。財を大量に購入して廃棄するということを続ければ、デフレは止まる。中央銀行が政府の代わりに公共投資を大量に実施しても同じである。あるいは大量に株式を購入し、株主としてその企業に設備投資を命じることも考えられる。
 なぜこうした政策を実施しないかといえば、1、2%のデフレのコストは、自動車やパソコンを大量購入して廃棄するコストに比べれば小さいと考えられるからである。大恐慌時のような10%を超えるデフレのときには、こうした政策も検討対象になろうし、現実に実施されもした。ただし実施主体は中央銀行ではなく、政府であった。

 GDPを増やす一番簡単な方法は、2020年のコロナ対策のように、国民に一律の給付金を直接ばらまくことだが、給付金は貯蓄に回っただけだった。持続化給付金のように個別の企業に裁量的にばらまくのは非効率で、政治的なバイアスが大きい。

 そういうバイアスを承知の上であれば、日銀にできることは多い。たとえば今、日銀が保有している株式の時価総額は約50兆円だが、これを(内閣の許可を得て)100兆円に増やせば、株価が大きく上がることは確実である。つまり黒田総裁の異次元緩和は、大胆すぎたのではなく、大胆さが足りなかったのだ。