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毒を盛られ?一時重体になったロシアの反体制派指導者ナワリヌイ氏(2019年7月資料写真、写真:AP/アフロ)

(文:熊谷徹)

 ロシアの闇の勢力が再び牙をむいた。

 プーチン政権を声高に批判していた活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が、シベリアからモスクワへ向かう飛行機の中で意識不明の重体になった。彼はドイツの病院に搬送されて一命をとりとめたが、この事件はロシアとEU(欧州連合)間の「新冷戦」をさらに深刻化させるだろう。

 この事件を受けてドイツでは、ロシアからの天然ガスパイプラインの建設を中止するべきだという声も出ている。

秘密のベールに包まれたドイツ研究所へ

 事件が起きたのは8月20日。旅客機はオムスク空港に緊急着陸し、ナワリヌイ氏は家族の要請でベルリンのシャリテ医科大学病院に搬送された。この病院の医師たちは過去にロシアの体制批判者が毒を盛られた時にも治療にあたっており、毒物に関する救急医療の経験が豊富だ。

 シャリテ病院は8月24日に、「ナワリヌイ氏の症状は、神経剤による疑いが強い」と発表した。ナワリヌイ氏の身体から採取された検体は、ミュンヘンにあるドイツ連邦軍の化学物質研究所に送られて分析された。この研究所は、化学戦やテロに備えて様々な毒物を研究する特殊施設で、その実態は秘密のベールに包まれている。

 メルケル政権は同研究所の分析結果に基づき、「神経剤ノビチョク系の毒物が使われたことには、疑いの余地がない」という声明を9月2日に公表した。またフランス軍とスウェーデン軍の研究所も、検体を分析した結果同じ結論に達した。

軍が兵器として使用する毒物

 ノビチョクは、1970年代にソ連が化学戦のために開発した強力な毒物で、2018年に英国で起きた、ロシアの二重スパイだったセルゲイ・スクリパリとその家族を狙った暗殺未遂事件でも使われた。

 ドイツ政府がこの日の声明で使った「chemischer Nervenkampfstoff」という言葉に注目する必要がある。これは日本語には直接該当する訳語がないが、あえて訳すと「戦闘(Kampf)に使われる、神経に作用する化学物質」という意味だ。つまり民間ではなく、軍が開発して兵器として使用するための物質なのだ。

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