(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
文在寅大統領の国政遂行支持率が、昨年の曺国・前法務部長官事件以来の最低水準に落ち込んでいる。
韓国の大手世論調査会社・リアルメーターが実施した7月第3週の調査で、文氏の国政支持率は前週比4.6%下落の44.1%、逆に否定的評価は5.2%上昇の51.7%だった。
支持率が大幅に下落したのは、政府の不動産対策や仁川(インチョン)国際空港の非正規職員の正規化など文政権の政策の混乱への反発と、故・朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長のセクハラ疑惑事件の影響が大きかったと指摘されている。
ソウル市長のセクハラ疑惑で女性からの支持失う
実際に性別支持率を見ると、女性の肯定的評価の下落幅(-7.9%)が男性(-1.3%)を大きく上回っているのだ。年代別を見ると、さらに顕著な傾向が分かる。30代で肯定的評価が13%余り下落し、最大となっている。30代の女性は文在寅氏の大きな支持基盤であっただけに、青瓦台はいま重苦しい雰囲気に包まれている。
朴前市長のセクハラ疑惑に関して文在寅政権の人々は、事件のもみ消しを図り、世間が事件を忘れ去るのをじっと待っている。朝鮮日報は、米国CNNの報道ぶりをこのように伝えている。
「フェミニストを自認する文在寅大統領は沈黙で一貫しており、人々を怒らせている」
「文大統領がセクハラ問題をどれほど真剣に受け止めているか、疑問が持ち上がっている」
こうした文政権のセクハラに対する不明朗な姿勢こそが30代女性の支持離れを招いているのだろう。
ただ、忘れやすいのも韓国の世論の特徴である。せっかく韓国の人々が文政権の欺瞞性の本質を見抜いたのだから、今後は文政権にはっきりと「ノー」を突き付けるべきだろう。そもそも人権弁護士を自認する大統領を戴きながら、北朝鮮人民の人権には目をつむる政権である。何か困ったことがあるとじっと黙って嵐が過ぎ去るのを待つ政権である。韓国民は、いつまでもそうした欺瞞的行動を許してはいけない。
文政権の支持層が離れていることはこれまでになかった新しい傾向と言える。曺国事態の時も支持基盤は比較的しっかりしていていた。明らかに文在寅政権の足下は揺らぎだしている。
そこに加えて、さらに支持率を引き下げそうなファクターがチラつき始めた。「経済失政」である。
「雇用大統領」のはずが雇用の改善に失敗
文在寅氏は大統領候補時代から「雇用大統領」を自任し、良質な雇用創設と所得格差是正を公約して政権に就いたという経緯がある。ところが、実際に大統領になってからは、経済政策の度重なる失敗によって韓国経済を危機に追いやり、良質な雇用を国民から奪ってきた。それは新型コロナ感染が広がる前からの傾向であったが、新型コロナによってさらに状況は悪化している。
それでも、これまで経済姿勢で大々的な批判が上がってこなかったのには理由がある。文大統領は、経済統計を恣意的に解釈し、「経済・雇用は悪くない」と言い張ることで経済成長を装いつつ、財政出動によって短期的に高齢者のアルバイト的雇用を生み出して、失業率を低く抑えてきたのだ。そんな小手先の操作でつじつまを合わせてきた。
しかし韓国経済の実態がいっそう悪化し、その欺瞞性が露呈すれば、文政権の支持率下落が加速するのは目に見えている。おそらく文政権は経済失速の責任を新型コロナによる経済収縮に押し付けるであろうが、果たしてそれで国民はいつまで納得してくれるのだろうか。
経済情勢の悪化が文政権の支持率に与える影響を、中央日報と韓国経済新聞記事から分析してみよう。
過去より不吉な韓国経済の危機
前述のように新型コロナによる景気の後退が起きる前から韓国経済は危機に直面していた。だが、文在寅大統領はそれを認めてこなかった。
例えば昨年9月16日、文大統領はこう述べていた。
「我々の経済は困難の中でも正しい方向に向かっている」
「2年間にわたり雇用政策を着実に進め、雇用状況が量と質の両面で明確に改善している」
根拠なき自画自賛である。しかし、この時すでに国内外の大半の経済分析機関は韓国経済の暗い未来を予告していた。
政府系経済研究機関の韓国開発研究院(KDI)は当時すでに6カ月連続で「内外の需要が委縮して全般的に経済状況が不振」と診断した。成長・消費・投資・輸出のどれ一つ良いものはないというのである。
人々も景気後退に危機感を抱いていた。国内ではいつの間にか「Rの恐怖」や「Dの恐怖」が普通名詞化していた。Rはリセッション、Dはデフレーションのことだ。そしてこの時、多くの専門家は「今回の経済危機は過去に比べ4つの理由ではるかに危険な兆候」懸念を表明していた。
そこで指摘されていた4つの理由とは以下のものだ。
第一に、この景気後退の原因は、景気循環サイクルの問題ではなく、第4次産業革命、高齢化と生産人口減少、世界的な供給過剰、過去最大の家計・政府債務などといった原因が複合的に絡んだ構造的な問題ということである。
第二に、頼れる国がないということ。1997年の通貨危機の時は米国、日本、欧州、中国が韓国を助けた。しかし、今回は、世界経済全体が停滞している、米中が対立し、欧州も英国のEU離脱問題などに揺れている。日韓の対立も深刻化している。そうした中、保護貿易が強まり、グローバル経済の柱だったWTOとIMFは機能不全に陥っている。
第三に、文政権の経済政策がことごとく経済の実態・経済理論的に反対方向を向いていることだ。所得主導成長政策、労働時間短縮、脱原発など反市場・反企業政策が主としており、それでも文政権は「経済体質転換過程の陣痛」といって政策を改めようとはしない。またこのピンチを財政支出の大幅増強でこれを切り抜けようとしているが、財政支出の効果は以前に比べれば出にくい経済環境になっており、ただただ財政赤字を拡大しているだけという。
第四に解決法はあっても実行が難しいという点だ。文大統領は「(2019年)8月の雇用が最高」と自慢したが、増えた就業者45万人のうち、実に39万人は60歳以上の高齢者だった。単に税金を使って高齢アルバイターを量産しただけだった。もちろん経済全体に寄与する効果は、若者の雇用には遠く及ばない。このように、政府は統計を選別的に利用して国民向けに使っている。現実を直視しなければ解決はない。
KDIなどは「成長潜在力を拡充するには、経済全般の構造改革を通じて生産性を向上させること」それには各種規制と参入障壁を緩和する必要があると述べている。これは、とりもなおさず、文在寅政権の選挙公約やこれまでの経済政策を真逆の方向に改めよ、ということだ。そう考えると、解決法があっても、実行は極めて難しいと判断せざるを得ない。
韓国経済を見限る国際社会
昨年11月13日付けの中央日報は、「市場の復讐『韓国経済にはもう食えるものがない』」と題するコラムを掲載した。
その中で、30年間ソウルで勤務したグローバル金融のCEOがこう指摘している。
「朴槿恵(パククネ)の創造経済や文在寅の平和経済が何であるのか全く分からない。一つ確実なことは、国際資本が韓国経済に完全に興味を失っているという点だ」
過去2年間において、ゴールドマンサックス、バークレイズなどが相次いで撤退したが、さらに最近では、JPモルガン、スイス投資銀行のUBSが事務所を閉鎖した。
韓国経済は深刻な慢性疾患に陥っている。韓国経済の根本的問題は主要産業の国際競争力の低下であり、文在寅政権の多くの政策が構造改革に背を向け、財政に頼りきっている。グローバルに活動する国際資本は、これでは韓国経済に未来はない、ととうに見切りをつけているのだ。ここからの巻き返しは容易ではない。
新型コロナ後も続く文大統領の「自画自賛」
こうした韓国経済を取り巻く経済環境が厳しい中で発生したのが、新型コロナ感染症による世界経済の後退である。もちろん韓国もその例外ではない。経済はマイナス成長が続き、雇用情勢も悪化した。特に厳しいのが青年の10.7%という失業率であり、これは21年ぶりに最悪の状況である。これは青年層が主につく製造業とサービス業の状況がよくないためである。新型コロナが全般的な景気低迷につながり、青年の就業機会を閉じてしまった。
これだけ深刻な経済状態に直面してもなお文大統領の自画自賛は継続中だ。文大統領は7月16日、第21代国会の開院演説で、「経済でも韓国は他国より相対的に善戦した。世界経済のマイナス成長の中、OECDのうち韓国の経済成長率が最も良好」と自慢した。
こうした政権による分析に異を唱える専門家も多い。漢陽大学経済学部のキムサンボン教授は、「今年の経済成長予測が他国に比べて悪くないのは、新型コロナが先に拡大して落ち着いたという特殊性のためであり、経済状況自体が良くなったのではない」と指摘した。キム教授によれば、「新型コロナの影響で、長期停滞に入る可能性がむしろ高まった」「消費活力が落ちているうえ、製造業の競争力も振るわず、輸出状況も良くないという本質的問題が解決されていない中、楽観的に評価すべきではない」と述べている。
大統領が話さない不都合な真実
中央日報は7月14日、『文在寅大統領が話さない半分の不都合な真実』のタイトルのコラムを掲載している。そこには文大統領が良いものばかり見て悪いものに目を閉じている現実を鋭く指摘している。
今年の韓国の一人当たり国民所得は3万ドル割れの危機を迎えている。18年の3万3434ドルから、19年には3万2047ドルに減少し、今年は3万ドルを下回る可能性があるというのである。成長率は年々減少し、為替レートもウォン安が進んでいる。
文政権が出す処方箋は「現金給付」だけなのだが、これはモルヒネのような応急処方に過ぎない。根本治療にはならないし、かえって副作用を伴う。
それなのに、なんとか40%の手前で踏みとどまっていた国家債務比率について、文大統領は「国家債務比率を40%に維持する根拠は何か」と語り、財政出動のアクセルを踏んだ。かくして国家債務比率は40%の天井をあっさりと超えた。
借金が増えているのは国家だけではない。OECD加盟国別の民間負債統計によれば、今年3月末基準で、韓国の家計と企業のへの貸し出しは3866兆ウォン(約343兆円)とGDP比で201.1%に達し、主要43カ国の平均より45%も高い。国際決済銀行(BIS)は「韓国の民間負債残高増加ペースがあまりにも速い」として警報レベルを「注意」に引き上げた。
左派系学者は「2000年以降、賃金上昇率が低下しているのは明白な事実」と指摘するが、昨年の韓国の労働分配比率は63.8%で、2000年の58.1%から大幅に引き上げられている。それを反映し、企業実績は大きく悪化した。韓国の労働生産性はOECDの中で28位であり、米国・ドイツ・日本を大きく下回る。それでも韓国民主労組は来年の最低賃金の25.4%引き上げを要求した。文政権が就任してから、民主労組の横暴は加速しており、これは韓国における企業活動を大きく阻害している。
韓国版ニューディールにも掛け声倒れの懸念
こうした中で、文在寅大統領は、コロナによって打撃を受けた経済を立て直し、世界経済をリードするための意欲的な経済政策「韓国版ニューディール」をぶち上げた。
文在寅大統領は「韓国版ニューディールは先導国に飛躍する“大韓民国大転換宣言”であり、“大韓民国の新たな100年の設計”だ」と大言壮語する。その中身は、2025年までに政府が114兆ウォン、民間・自治体が46兆ウォン、計160兆ウォン(約14兆円)投資して雇用190万件を創出するというものである。デジタルインフラやビッグデータに関する産業を育成するデジタル分野と、気候変動に対応するグリーンエネルギー分野が二本柱となる。
しかし、ここでもネックになりそうなのが韓国政府の労働政策だ。デジタル新事業は開発速度がカギである。しかし、韓国国内のスタートアップとベンチャー企業は週52時間労働制限に縛られ、グローバルベンチャーとの競争で不利な条件を強いられてきた。
韓国版ニューディールが成功するためには規制改革と労働組合寄りの労働政策の方向転換が何より求められる。それができなければ結局、これまでのように政府資金でアルバイト的な雇用を多く生み出すだけに終わるとの懸念も伝えられている。
コロナのダメージから回復しにくい韓国経済の構造
ハーバード大学のロゴフ教授は「韓国の危機はこれから」と警鐘を鳴らしている。ロゴフ教授は、中央日報のメールインタビューに対して、「韓国などアジアの経済は輸出依存度が相対的に高いという点で状況が良くない、これはアジア各国の経済状況が長く困難に陥るだろうという兆しだ」と述べている。
韓国はGDPに占める輸出の割合が40%と極めて高いが、この構造が困難を呼ぶというのだ。つまり、コロナの影響で世界各国の経済がいまだダメージを受けているため世界の景気回復の速度は極めて遅くなるということ、さらにその過程で各国は保護主義政策を採用することになる、というのだ。
こうしたことから、韓国の来年度の成長率は3.1%にとどまるであろうというのがOECDの見方だ。OECDは来年の世界経済が5.2%反騰すると予想している。韓国の景気回復はそれに比べて遅れると見られているのだ。
海外の専門家が見る韓国経済の展望は相当に厳しい。だが、文在寅政権の「反企業」的体質は変わらない。国内的に発信する“根拠なき楽観的観測”も相変わらずだ。
韓国経済に力強さが戻らず、青年・壮年層の雇用が回復してこなければ、その反動は文在寅氏の支持率に跳ね返ってくる。経済政策の失敗が本格的に支持の低下に結び付くのはこれからである。もはや高齢者のアルバイト的雇用では誤魔化せない瀬戸際にきている。