(作家・ジャーナリスト:青沼 陽一郎)

 黒川弘務元東京高検検事長が、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛期間中に新聞記者と賭けマージャンをしていたことから辞職してちょうど1カ月が経つ。国会で法相が明らかにした5900万円の退職金の支払いも1カ月以内が規定だから、すでに口座に振り込まれているはずだ。だが、それで世の中のなにが変わったのか。

「余人をもって代え難い」はずなのに・・・

「余人をもって代え難い」という理由で、それまでの国家公務員法の解釈を変更してまで、安倍政権が黒川の定年を延長したのは、今年1月末のことだった。次に検察官の定年を法相や内閣の判断で延長できるとした検察庁法改正案が国会で審議入りすると、SNS上でも反対の声が広がり、今国会での成立が見送られた。その直後に賭けマージャンが発覚。即、辞職しているが、「余人をもって代え難い」はずが、それでなんの支障も生じていないのが、不思議でならない。

 それよりも、賭けマージャンは賭博罪にあたりながら、黒川も新聞記者たちも罪に問われていない。

「世直し」「価値創造」「情報伝達」「歴史記録」。

 新聞の4つの機能を、全国紙で記事を書く知人の記者から、そう教えられたことがある。

 これに照らせば、もう「世直し」どころか、犯罪に手を染め、外出自粛という市井に共通する「価値」を破壊している。

 賭博の舞台となったのは産経新聞記者の自宅マンションで、同紙の記者2名と朝日新聞の元検察担当記者が卓を囲んだ。産経新聞といえば、昨年の新卒採用はたった2名だった。うち記者職採用は1名。また、同社内で早期退職者を募ったところ、現職の政治部長が手を挙げて辞めていったことでも知られる。そんな経営状況で黒川の送迎には同社のハイヤーが使われていた。社会の「公器」を自任した新聞が、公権力を見張るどころか、そこまでして寄り添う価値があったのか。

 記者たちはそれぞれ1カ月の出勤停止や停職の懲戒処分を受けている。処分にあたって新聞社は、「報道の独立性や公平性の疑念を抱かせた」、「『馴なれ合いの関係』を印象付け、記者の取材活動に不透明感を与えた」などのコメントを出しているが、いままでは取材対象者に深く“食い込む”“肉薄”することは記者として当然のことだ、とされてきたはずだった。今回のことも、讃辞を送る雰囲気がどこか記者の世界には漂う。