ところが先週になって、ある北京の大企業に勤める中国人の知人が、次のように言ってきた。

「春節前に、わが社の全国支店長会議を開いたが、自分の隣に座ってきた支店長に聞いたら、何と武漢支店長だという。これはまずいと思い、自由席だったので、慌てて席を移った。ところが次に隣に座った支店長も逃げ、結局、武漢支店長だけは、部屋の片隅に『隔離』されてしまった。

 しかもその武漢支店長は、『今回の新型肺炎は、2003年のSARSの被害を上回るだろう。武漢市民は、いろんな噂を聞きつけて、そう言っている』と断言していた」

コロナウイルスの発症者か急性肺炎か、見極めで混乱する医療現場

 SARSは、2002年の年末から2003年4月にかけて、中国広東省から首都・北京に広がり、計8096人が感染、774人が死亡した。北京はちょうど、江沢民政権から胡錦濤政権に移行する全国人民代表大会が開かれていた頃で、胡錦濤政権は発足早々、ピンチに立たされたのだった。

 胡錦濤政権に較べたら、いまの習近平政権は相対的に信用が置ける。その意味するところは、「虎(大幹部)も蠅(小役人)も同時に叩く」をスローガンに、不正腐敗の徹底防止に腐心しているからだ。この年末年始に北京へ行ったら、「虎」と「蠅」に加えて、「『蚊』も同時に叩く」となっていた。「蚊」とは末端役人のことだという。

 ともあれ、それほど厳格な政権なので、どの都市の幹部も、「もし症例数を隠蔽して自分が逮捕されたらどうしよう」と考えるのだ。それで自分の上司に相談する。上司も同じことを考えるから、さらに自分の上司に相談する。そうやって誰もが責任を上部に委ねようとして、最後は習近平主席のところまで上がるのだ。

 トップに立つ習近平主席としては、「症例数を隠蔽しろ」とは言えない。だから1月20日、視察中の雲南省から、「適切に対処せよ」と指令を出したのだ。

 これによって、中国全土で多くの役人や病院関係者などの「正月」が吹っ飛んでしまったが、トップの指令が出た以上、今後は「意図的な隠蔽」は起こらないはずだ。中国政府は22日に初めて記者会見を開き、中国国内の感染者は440人、死者は9人と発表した。

 ただし、新型のコロナウイルスなので、その発症者なのか、それとも単なる急性肺炎なのか区別がつかないといった現場の混乱は、大量に発生しているだろう。