(藤 和彦:経済産業研究所 上席研究員)
2019年の米WTI原油先物価格は1バレル=51ドル台に始まったが、5月から米トランプ政権がイラン産原油の輸出を事実上不可能にする措置を講ずると65ドル台まで上昇した。その後、米中貿易摩擦による需要減退懸念から原油価格は下落し、50ドル台半ばで推移したが、12月に入ると「米中両国政府が貿易交渉の第一段階で合意し原油需要の増加につながる」との見方が広がり、再び60ドル台に上昇した。
2020年の原油価格はどうなるだろうか。
アナリストたちは「2020年の原油相場は2019年とほぼ変わらない水準で推移する」と見ている(12月25日付ブルームバーグ)。2020年の原油価格は1バレル=57~58ドル台で安定的に推移し、その平均は1バレル=58.5ドルになるという(2019年の原油価格の平均は57ドルだった)。
だが筆者は「2020年半ばまでに原油価格は急騰する(1バレル=100ドルを超える)が、その後の世界経済の急減速により年末には50ドル割れする」と考えている。
年半ばまでに原油価格が急騰すると考えるのは、中東地域の地政学リスクが2020年早々に一気に顕在化すると見ているからである。
筆者は、中東地域の3つの地政学リスクを想定している。
無政府状態に陥りつつあるイラク
最も懸念しているのはイラク情勢である。
直近の動きを見てみると、サレハ大統領は12月26日、イランの影響下にある議員たちが推薦する人物を首相に指名することを拒否し、大統領職を辞任する意向を表明した。イラク憲法では「議会が推薦する首相候補を国家元首である大統領が指名する」ことになっているが、サレハ大統領は憲法違反になることを承知の上でイラク議会(定数329)で多数派を形成するシーア派民兵組織を率いる政党連合が推す人物(バスラ県のエイダニ知事)の首相任命を拒否した(自身の憲法違反が辞任の理由であるとしている)。
イラクでは2019年10月以降、生活苦を訴える抗議デモが続いており、その怒りはイラクの内政に介入するイランにも向かっている。さらにバスラ県で最も厳しい抗議デモへの弾圧が行われたことから、抗議デモのさらなる激化を回避するため、サレハ氏は自らの地位を犠牲にしたとされている。