上海市松江区の中心部

希望者殺到の子宮頸がんワクチン

「地域住民の8割以上が子宮頸がん予防のためのHPVワクチン接種を希望しています。ワクチンの供給がとても追いつかず、待機者リストがこんなにたくさんたまっています」

 こう話して何枚もの名簿の束を見せてくれたのは、上海市松江区の疾病予防管理センター(CDC)の担当者である陸紅梅医師だ。

 日本では副反応による健康障害を懸念した厚生労働省が、2013年6月から接種を勧めない方針をとり続けているため、HPVワクチン接種率は極度に低迷している。

 これとは正反対の状況にある上海の実情に、内科医の私は非常な驚きを持って話に聴き入った。

 中国を代表する大学の一つ、復旦大学の公衆衛生学院と10年来共同研究を行っている関係で、私は2019年9月に上海市松江区(ショウコウク)CDCを訪問した。

 なお、この交流が長年続いているのは、日本語が堪能で今は上海在住の梁荣戎さんの尽力が大きい。

 松江区は、上海市中心部の観光名所の外灘(ワイタン)から、高速道路を使って車で1時間ほど南西部へ行った距離にある。

 その昔、明朝・清朝時代には松江府として、15大都市の一つに数えられ繁栄していた歴史ある地域で、「上海の根」とも呼ばれている。

 2018年6月には、巨大な観光名所として広富林文化遺址公園が開園され、数千年に及ぶ文化・歴史の変遷を、最新の展示設備で概観できるようにもなった。

 旧石器時代にも遡る広富林遺跡は長江のデルタ地帯、太湖周辺に位置しており、近隣の良渚文化、馬橋文化とも関係している。

 約3000年前に日本へ渡来した稲作文化の起源である可能性も指摘され、東アジア最古とされる結核感染の痕跡が約5000年前の人骨から同定されている。

 日本最古の結核は約2000年前の鳥取市の青谷上地遺跡であり、感染症の歴史的な拡散ルートを考察するうえでも非常に興味深い。