裁定直前の10月15日。竹下は中曽根と2人きりで会談し、ここで決定的な手応えを得たとされている。要は自分に総裁の座が転んでくることを確信したのだ。
竹下は中曽根に何を言ったのか。
政治評論家・鈴木棟一の代表的著作『田中角栄VS竹下登③ 竹下派結成』(講談社+α文庫)から引用する。
<基数百五十と言われた竹下が、基数百と見られた安倍に優先することは自明だった>
<それに、竹下の中曽根への対応は疑いもなく、安倍のそれより好感の持てるものだった。十月十五日の中曽根首相との会談で、竹下は「人事については、総理のご意向にしたがいます。また私は外交が不得意です。総理の全面的なご指導をいただきたい」>
注目すべきは、竹下が中曽根の意向に従う姿勢を示している点だ。中曽根の気持ちが竹下に寄るのは自然だろう。しかも、竹下は中曽根の強い願望である「平和戦略研究所」の設置も申し出ている。
総理になれるのなら、何でも呑む。どんなことでも従う――。
竹下の執念と言っていい。
「従順でご機嫌を取る」竹下が勝利
では、ライバルである安倍はどうだったか。安倍は中曽根との会談でこう伝えたという。
<私は外交にいささかの自信がある。外相を三度もやったし、アメリカにも知己が多い。挙党態勢のために私が最適任だ>(前掲書)
安倍の自負、プライドが中曽根の心証を悪くしたと推測できる。
もちろん、数で劣勢だった安倍にもチャンスはあった。安倍が宏池会率いる宮沢との連携に舵を切れば、中曽根が安倍を選んだ可能性は高かったし、メディアは安倍の優勢を積極的に報じていた。「中曽根は安倍を指名する」との情報も政財界を駆けめぐった。影響力を残したい中曽根としては、心証よりも権力基盤が安定する方を優先するはずで、繰り返しになるが、最終判断が安倍に傾くこともあり得た。
ただ、人間の判断は合理性だけではない。後継を自分で選べるという権力者として極めて魅力的な舞台で、中曽根は自らに従順でご機嫌を取る竹下を指名したのだ。